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辺境生物はすごい!

2020.06.25 公開 ポスト

ダーウィン進化論。生き残るのは「変化できる者」ではなく「運が良かった者」長沼毅

キリンの祖先は、首が長いことを「しょうがない」と受け入れて、「今いるところで頑張った」

でも私は、運の良し悪しだけが進化の決定要因だとは思いません。突然変異を起こした個体の「努力」も、生き残りのためには必要ではないでしょうか。

たとえば、親よりも長い首を持って生まれてしまった突然変異体は、かなり苦労したはずです。生まれた瞬間に突如として環境が変わり、地面から草が消え、周囲が高い木ばかりになったなら、その個体は実に幸運だといえますが、そんなことはあり得ません。

自分の親も含めて、身近にいる仲間たちは地面の草や低木の葉を主食にしていたでしょう。「首が長い」というハンディキャップを持つ個体にとっては、とても生きにくい環境です。そこで仲間たちと同じ生き方をしていたら、生存競争に負けて子孫を残すことができません。

(写真:iStock.com/Delbars)

そんな突然変異体が生き残れたのは、仲間たちと異なる身体的特徴を生かす方法を見つけたからでしょう。ほかの個体には届かない高い木の葉を食べることにすれば、有利/不利は一気に逆転します。

キリンの祖先に人間のような感情があったとは思いませんが、これはある種の「ポジティブ・シンキング」ではないでしょうか。仲間より首が長いことに気づいた時点で「オレはツイてない」「こんな体じゃ無理」などと諦めていたら、キリンへの進化は起こりませんでした。そのハンディキャップを自分の「特徴」だと考えて、それを生かす道を模索したからこそ、キリンはキリンになったのです。

 

ここで、入る学部を間違えた私に原田先生がかけた言葉を思い出してください。

「それはしょうがないね、今いるところで頑張りなさい」

そう。キリンの祖先も、自分の首が長いことを「しょうがない」と受け入れ、しかし「今いる環境で頑張った」のです。

 

生物学類に入ってしまった私も、いわば環境に合わない突然変異体のようなものでした。「生命とは何か」という抽象的な問題を理屈で考えたいのに、周囲は具体的な生き物が好きで、その細かい違いばかりを問題にする人だらけ。そこで自分の特徴を生かす道を探したわけではないので、キリンの祖先とはちょっと事情が違いますが、「環境に合わせて生き方を変える努力」をした点は似ています。

よく「自分の生き方は自分で決めろ」などと言いますが、現実はなかなかそうもいきません。キリンの祖先だって、そもそも自分で首を長くしようと思ったわけではない。ちょっとした手違いで、そんな体に生まれてしまっただけです(私もちょっとした手違いで生物学者になってしまいました)。しかも、周囲の環境に高い木がなければ、その体を生かすこともできなかったでしょう。進化とは、そういうものです。

もちろん私たちホモ・サピエンスも、偶然と環境によって現在の姿に進化しました。そう考えると、人生、自分で決められることが少ないとしても当然のような気もしてきます。「今いるところで頑張りなさい」という言葉が重みを持つのは、途方に暮れていた18歳の私だけではないのかもしれません。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『辺境生物はすごい!』をご覧ください。

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長沼毅

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。 専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。 酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。 Naganuma WEB http://home.hiroshima-u.ac.jp/hubol/members/naganuma/ Twitter @naganumatakeshi http://twitter.com/naganumatakeshi

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