みんなが求めるカツセマサヒコを100%のフルスイングで
何気ない一瞬を切り取り、言葉に置き換えるという点では、小説とTwitterは似ているのかもしれない。これまで多くのツイートをタイムラインに投下してきた経験は、小説にも活かされているのだろうか。
「Twitterは140文字以内に収めなければならない分、短くて強い言葉を置きがち。いつもキャッチコピーを考えるようにして、言葉を選んでいます。この小説でも、意図的にTwitter的な言葉の選び方をしているシーンもありますし、過去にツイートした言葉から引っ張ってきたようなセリフもあります。『加点方式の人生、減点方式の人生』の話がそうですし、『人生は、打率では表さない』みたいな言葉もそう。でも、ツイートっぽい言葉が並ぶとどうしても説教臭くなってしまうので、あえてそういったセリフを減らす努力もしていました」
140文字でのツイートに慣れすぎていたため、その癖が抜けずに悩んだこともあったという。
「Twitterでは140文字を一息で読ませるほうがドライブ感も出るので、句読点なくぎっしり情報を詰め込むことが多いんです。でも、小説では一文にあまり多くを詰めすぎると、リズム感が損なわれます。自転車を漕ぐときに何かが引っかかっているようなギシギシ感が生じて、うまく滑走できないんです。特に縦書きでは、文節をすごく大事にしたい。横書きのものを縦に直してもリズムが合わないので、今回の小説は最初から縦書きで文章を書いていきました。でも、そうやって小説の文体を意識したら、今度はTwitterでも句読点を入れて短い文章を書くようになってしまって。すると、不思議なことにそういうツイートは全然読まれない(笑)。やっぱり文体に関しては、小説とツイートは別ものなんだと痛感しました」
Twitter上では、「自分が周りに何を伝えたいか、どう見られているか」を強く意識しているというカツセさん。初の小説を“カツセマサヒコ”名義で発表したことにも、意味があるのだろうか。
「Twitterの“カツセマサヒコ”というアカウントは、僕自身ではなくアバターのようなもの。今回の小説でも、カツセマサヒコとして発表することは強く意識しました。最初はTwitterのカツセらしくない小説を書いてやろうと思いましたが、デビュー作からめちゃめちゃな変化球を投げても受け入れてもらえない気もしたんです。だからどんなに恥ずかしくても、みんなが求めるカツセマサヒコを100%のフルスイングでやってやろうと思って。いつも期待を裏切りたい気持ちと期待に添いたい気持ちが半々なのですが、今回に関してはちゃんと打ち返そうと思いました。その分意外性はないかもしれませんが、これまでTwitterやウェブの記事で僕を見てくれていた人が一番読みたかった小説になったんじゃないかと思っています。とはいっても、読者の顔色をうかがって書いたわけではありませんし、せっかく本という形になるならより遠くまで届いてほしいと願っています」
カツセさんのフォロワーは二十代前半の女性が多いが、必ずしもその年代をターゲットにしているわけでもない。年齢、性別を問わず、刺さるものがあるはずだ。
「世代を問わず“こんなハズじゃなかった”という経験をした方なら、なにか感じていただけるのではないかと思っています。書いている間は、自分の好きな映画、音楽、小説に対して『育ててくれてありがとう』という思いがずっとありました。バンドではよく“ファーストアルバムがベストアルバム”と言いますが、僕の小説もそう。しかも音楽ではなく、最高の写真を収めたアルバムができたのではないかと思います。自分でも納得のいくものができたので、手に取っていただけたらうれしいです」
(構成・文/野本由起)
明け方の若者たち
6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。
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