FE 見城さんが自殺すると、残された幻冬舎の方々が大変じゃないですか。
見城 そんなことは知ったこっちゃないよ(笑)。僕は僕のために会社をやっているわけで、彼らは彼らのためにこの会社にいるわけで、僕が死んだら誰かが何とかするかもしれないし、離れていくかもしれない。彼らに家族はいるとしても、それぞれの人生のなかで今ここを選び取っているだけでしょう。だから僕は「辞める」というヤツは絶対に止めない。ものすごいエゴイストだから、この会社も見城徹という生き様の形だと思っているんです。僕の、のっぴきならない人生を生きるためにこういう会社になってしまったんです。アンドレ・マルローの『王道』の中で登場人物の一人が死ぬ直前に放った台詞がカッコいいんだけどね……。「死、死などない。俺だけが死んでいく」……まさにその通りで、俺だけが死んでいくんですよ。自分にとっては死でも、他の人にとっては死なんてないんです。
FE なるほど。
見城 だから僕は、幻冬舎をやっていなかったら今ごろ飛行機の操縦席に座ってビルに突っ込んでいたかもしれない。アラブ人の彼も、もしかしたら微笑みながら突っ込んだのかもしれない。それも彼自身の生き様なんだからいいじゃないかと思うよね。それは共同体の善悪や正義や真実なんていう、浮わついた言葉ではくくれないものでしょう。死ぬ理由が見つかれば僕は死にますよ。ヘミングウェイが自分を撃った、三島由紀夫が腹を捌いた、奥平剛士が自分の足元に爆弾を投げだというのは、だから僕にとって重いんです。60年安保のときに全学連が国会に突入して樺美智子という東大生が死んだ事件があったんだけど、その後彼女の日記が発見されて『人知れず微笑まん』という本になってね。その本は、「最後に笑うものが最もよく笑うものだという。私も最後には人知れず微笑みたいものだ」という詩があるんです。彼女は早過ぎる死の瞬間、笑えただけだろうかって考えるんです。ホームレスでも大統領でもテロリストでも、みんな対等の人生を生きている。僕は最後に微笑んで死ぬためにダッシュしている。だから、すべての議論や人生論はどうでもいいことなんです。
FE ただ、見城さんは少年の頃からずっと活字を愛していますよね。
見城 そうだね。いろいろ言ったけど、やっぱり活字をマスに売ることが、一番僕の寂しさを紛らわすことなのかもしれないね……。
FE この業界内でライバルを意識したこともないのですか?
見城 自分のみっともなさも欲望も、薄っぺらなところもぶ厚いところも全部ひっくるめて幻冬舎としてやっているわけで、他とは比べ様がないんですよ。それは僕のオリジナルで、迷いながら生きているんだから自分の人生以外にライバルなんていない。人と比べるなんて生きる上で何の意味もないでしょう。
FE 過去も引きずらない?
見城 引きずらないんだよねぇ。自分を満たしてくれるものは、今、この瞬間にリスクがあるものじゃないとダメだから。だから「薄氷は自分で薄くして踏め」という言葉にもなるし、「顰蹙は金を出してでも買え」「新しく出ていく者が無謀をやらなくて一体何が変わるだろうか」というコピーにも繋がるんです。もし会社が倒産して一銭もなくなったとしても、また別の生き方を探すと思うよ。また違う僕らしい生き方になるはずだから……。表現者なのか宗教家なのか詐欺師なのかわからないけれど、僕は地べたからやると思いますよ。どうなろうと自分で死ねない限りは、すべて戦いですよ。生きて行くしかないんだから。