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オンリー・イエスタディ

2003.01.15 公開 ポスト

第14回 ここではない、どこか他の場所――ゲッタウェイ宣言見城徹

一九九三年十一月十二日
 坂本龍一がオスカーを手にした後、僕の心臓はこれまで以上にひりつき始めた。坂本はYMOから独立し、『ラストエンペラー』を通じて世界に名を轟かせ、狭い日本の音楽界から鮮やかに脱出していった。坂本はニューヨークヘ居を移し、世界へ殴り込んだのだ。
 やがて僕も異例のスピードで角川書店の役員にのしあがっていった。仕事はやってきた。結果も出してきた。しかし、「結果を出す度にゼロに戻し、新しき無名を探す」という僕自身の在り様を失くしつつあることも事実だった。社内の管理業務にかまけ、外に飛び出す機会が減っていく。芝居やライブなど、新しい無名を探す旅も減っていく。面倒な作家達との付き合いも少なくなる。年齢とともにフットワークも重くなる……。坂本が日本を発って以来、ピュルテを訪れることもなくなっていた。ひりつかない自分がいる。このまま角川書店という安住の地に居続けていいのだろうか。そんなとき、ニューヨークから坂本の声が聞こえてくるような気がした。「見城、お前のゲッタウェイはどうしたんだい?」と。
 コカイン疑惑で角川春樹社長が逮捕される前々日、僕は、社長への辞任要求に賛成票を投じたうえ、自らの辞表も提出した。13名いる役員のなかで辞表を提出したのは、僕一人だった。そして、もう一度ひりつくために無謀を承知で四谷の雑居ビルに居を構え、幻冬舎を創った。百人のうち百人に失敗するからやめろと言われたが、ひりついた心臓に「新しく出ていく者が無謀をやらなくていったい何が変わるだろうか?」のコピーを焼きつけ、安息の地から脱出した。
 何社かの企業が資本金を出すと言ってくれたがすべて辞退した。自分で用意できる1000万円から会社を始めた。すべては「新たなる無名を求めて旅に出る」という僕自身を取り戻すために。そしてまだ見えない出口を求めて戦う、飢えた豹の魂を呼び覚ますために。

二〇〇二年十二月十二日

 幻冬舎を立ち上げて以来、出版界の記録を塗り替え、数々のミリオンセラーも生み出し、右肩上がりの業績を収め続けてきた。だが、ここで安住すれば必ず敗者になる。今だからこそ、全ての結果を葬り去って、新たな場所へ旅立たなければならない。危険な方角へ身をよじらせて走らなければならない。
 上場は4年前から計画していた。制度のもとにあぐらをかいている出版界からのゲッタウェイのために、そして坂本龍一がゲッタウェイした高みへ近づくためにも……。
 出版界に巣くう人間たちは、本が売れない時代だと嘆く。ブックオフ(古本チェーン)があるから本が売れない。図書館があるから本が売れない。若者の活字離れが甚だしいから本が売れない。流通制度が旧いから本が売れない。それらの理由はすべてNOだと僕は思う。
 ブックオフや図書館をきっかけに本に興味を持ち、書店に足を運び始める人もいるだろう。活字離れというならば、インターネットや携帯電話のメールがなぜあれほどマスの日常に溶け込むことができたのか。旧い流通制度に護られているからこそ出版界が生き延ぴていられるのではないのか。自分たちが文化を作り出しているという特権意識にあぐらをかき続けてきたことが、本が売れなくなった本当の理由ではないのか。「それ以上に面白い本」を作ればきっと売れるはずなのに、その努力をしないだけではないのか。
 ここで、もう一度幻冬舎をゼロに戻す。上場し、出版界の枠を飛び出し、ソニーやトヨタと同じ土俵に立つ。上場すれば、今日の一挙手一投足が翌日の株価に響く。どんぶり勘定もできない。衆人環視の世界へ出て行くのだ。そこにはもっと巨大な市場が眠る。
 麓でぬくぬくと太って平和に飼いならされる羊よりも、頂上を目指して飢えながら牙をむき統ける豹でありたい。ここではない、どこか他の場所を求めて……。 

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