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2014.02.21 公開 ポスト

失ってもいい、その恋を誇れ
加藤ミリヤが小説で呼びかける“神様”吉田大助/加藤ミリヤ

2.二つの神様に揺られ、苦悩する表現者

 ほぼ1年後の2012年10月に、加藤ミリヤは第2作となる長編『UGLY アグリー』を発表した。前作から受け継いだのは、「ものづくりと恋愛」というテーマだった。
「わたし」ことラウラは、21歳の小説家。初めて書いた小説が大きな文学賞を受賞しベストセラーとなり、世間から熱い注目を集めることとなった人だ。デビュー作以来、女性編集者の神野(じんの)とパートナーシップを結んでいる。「神」の一字を持つ彼女に、ラウラは絶大な信頼を寄せている。
<神野さんとわたしの間には愛があった。仕事をする上で、愛情はときに余分な感情になる場合もあって、いつか自分自身の行く道の邪魔をすることがあるかも知れない。けれど、その愛情と付き合いながら仕事をしていくこともわたしらしいのではないかと思った。神野さんとはこの先も一緒に仕事をするし、神野さんの中でいつまでもわたしが一番でありたいと思っている。>
「だけど」と、次回作の打ち合わせの席で、ラウラは伝える。「わたしは神野さんの存在に甘えない場所で小説を書いてみたいんです」。そのトライが、悪夢の日々を生み出すことになる。新しい編集者との最悪の出会いが、結果的に、神野への愛を高める。「わたしは神野さんのもとでしか、もう小説を書けません」。その瞬間、ラウラにとって、神野が「神様」になる。たったひとつの、信じるモノという意味で。
 この小説は、映画監督を志す大学生ダンガとのラブストーリーでもある。好きな人はいないし、恋なんてそれほどいいものだとは思わない。そんなラウラが、原宿のカフェでほとんど一目惚れのような恋をする。彼女は彼に、自分のことを理解し、共感してもらいたいと強く願うようになる。
<わたしの小説がダンガにとって好きなタイプの小説に分類されてほしかった。ダンガには素敵な小説を書くんだねと、言われたかった。そんなことを思ってしまうことはとても、厄介だった。>
 なぜ厄介なのか? 「神様」が増えてしまったからだ。やがて彼女は、片方を選び、片方を捨てる。あんなに信じていたのに。あんなに愛していたのに。なにより恐ろしいのは、彼女の言動を追い掛けてきた読者は、彼女はいつかまた同じようにせっかく手にした「神様」を——たったひとつの、心から信じられるモノを——捨ててしまう、そんな未来を予感せずにはいられないことだ。
 いつか捨ててしまうものならば。その愛は、その信仰は、無意味だったのか? 
違う。

 

3.恋を失っても、あり続ける神様

 第1作のミクと、第2作のラウラ。ふたりのヒロインの愛と選択の先に、第3作『神様』が誕生した(2014年1月刊行)。
 何よりもまず、文体が違う。これまで以上にタイトに、それでいて軽やかになり、自分の内側に溢れるビジョンを言葉にして表に出す、その方法論を作家は確固たるものにしたようだ。「物語」と同じかそれ以上に「感情」を描くスタイルは、話の起伏をそれほど必要としない、短編という形式によって引き出されたのだろう。彼女はここで、完全に、作家として一皮むけている。
 収録作全5編は、まごうことなき恋愛小説だ。でも、分かりやすいハッピーエンド(両思い)を迎えるお話は、ひとつしかない。そのお話だって、人生で一番最後の恋だと思っていた相手とサヨナラする、という悲しみを伴っている。ということは、どういうことか。
 ふたりでいるのに、どうしようもなくひとり。楽しいから恋をしているはずなのに、どうしようもなく苦しい。
 そうしたヒロインたちの逡巡が積み重なっていくことで、作家がデビュー以来見つめ続けてきたテーマがだんだんと像を結んでいくことになる。「それでも人が恋をするのは何故か?」と。
 そして、最終5編目の表題作「神様」が読者の前に現れる。作家はここで、初めて、三人称でヒロインの恋物語を描く選択をしている。「あたし/わたし/私」という感情移入装置を外され、しかも「それでも人が恋をするのは何故か?」というテーマを手にしている読者は、ヒロインの恋の行方を、客観性を保ったまま見つめ続けることになる。小説は、次の一文から始まる。
<次に目を開けたら、まったく別の人間になっていたらいいのにとマミヤケイコは思う。>
 ピンク色の髪に原宿系ファッションで身を包んだケイコは、古着屋の店員をしている。彼女は自分のことがあまり好きじゃない。お店の鏡の前でぎゅっと目をつぶる「儀式」を、一日に何度もしてしまう。でも、目を開けても自分は変わらない。自分のままだ。彼女は二十歳になるまで、一度も恋に落ちたことがない。
<自分を愛せない人間が、誰かに愛されるわけなんてない。わかっていたからこそ、ケイコ自身が誰かを好きになることはなかった。そもそもケイコには誰かを好きになるという感覚がわからなかったのだった。恋をするとはどういうことなのだろう。>
 そんな彼女が、店の裏路地の喫煙所で、マサオという男の人と出会う。彼と彼女は、他愛無いおしゃべりをするようになる。
<今までケイコには、誰かを強く愛したり、憧れたり、誰かの思想をそのまま受け継ぐような、そういう経験がなかった。それは神様にしかできないことのように思っていた。>
 なのに、彼にもできた。彼女は初めての恋に落ちる。
<「マサオさん」
 ひとりで居る時、ケイコはマサオの名前を呼ぶ練習をした。マサオの名前を発しようとするとつい喉が詰まってしまう。名前を呼びたいのに、どうしてもできずに石ころみたいに固まってしまうのだった。一度もマサオの名前を呼んだことがない。どうしても名前を呼ばなくてはならないような状況になっても、あのぉ、とかでしか話を始めることができない。いつのまにか儀式をやる回数も減っていた。儀式をやりたくなる前にケイコはマサオのことを考えた。マサオのことを考えていると儀式のことも忘れた。>
 いくつもの季節が流れた。会えなくなった時間も思い続けていたマサオと再会し、叶わないと知りながら思いを告げる。

「こんな広い世界であたしはマサオさんに会えた、それだけであたしの人生は充分価値があります。これからも、きっと、死ぬまでそんなに悪くない人生が待っているような気がします」

 たとえ恋を失っても、もう二度と会えなくても、恋をしたという思い出は消えない。そのことを思い出せば、いつだって何度だって、命の灯がともる。
 この先の未来でケイコはきっと、何度もマサオの名前を呼ぶだろう。この世界は残酷で、でも生きるに値することを信じさせてくれる——彼女にとってはマサオが、神様。
 恋を失ったことを悔やむな。恋をしたことを誇れ。
 この1編を書くために、加藤ミリヤは小説家になったんだと思う。

左から『生まれたままの私を』、『UGLY』、『神様』。

 

加藤ミリヤ恋愛小説集『神様』収録作 「ピンクトライアングル」試し読みはこちら

 

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吉田大助/加藤ミリヤ

吉田大助(よしだ・だいすけ)
1977年埼玉県生まれ。ライター。「ダ・ヴィンチ」「野性時代」「小説新潮」「STORY BOX」など雑誌媒体を中心に書評や作家インタビューを行う。

加藤ミリヤ(かとう・みりや)
1988年6月生まれ。シンガーソングライター。14歳から作詞・作曲を始める。2011年9月、初めての小説『生まれたままの私を』(幻冬舎)を発表、ベストセラーに。音楽活動のかたわら執筆を続け、最新作『神様』が三作目となる。他の著書に長編小説『UGLY』(幻冬舎)、文庫版『生まれたままの私を』(幻冬舎文庫)がある。

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