不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。
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「多目的トイレで不倫」だけでレッテル貼りは危険
日本で「セックス依存症」という言葉がメディアで頻繁に使われるようになったのは、タイガー・ウッズのセックススキャンダルがきっかけといわれています。
タイガー・ウッズは交通事故をきっかけに十数人もの愛人との不倫が発覚し、ミシシッピ州にあるセックス依存症専門の治療施設に入院。この一連の愛人スキャンダルをメディアが大々的に取り上げたことから、「セックス依存症」という言葉が日本でも注目を集めました。
近年では、2017年10月にアメリカの人気俳優ら20人以上からセクハラ告発を受けて#MeToo ムーブメントの引き金となった映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインもセックス依存症の治療を受けていることが知られています。
そして国内で記憶に新しいのは、お笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建さんの複数女性との不倫問題です。スクープした週刊誌では、彼がときに女性を呼び出し、商業施設の多目的トイレで性行為に及んでいたことが取り上げられ、情報番組のコメンテーターが「セックス依存症ではないか」と指摘しました。
この記事では、渡部さんが交際相手の女性を多目的トイレに呼び出し、わずか3~5分の性行為の後、1万円札を女性のバッグの上に置いたと報道されています。もちろん記事のすべてを鵜呑みにすることはできませんが、この行為はまるで相手を性処理の道具として扱っているように見受けられます。そしてそこには、女性に対する支配欲や優越感、男尊女卑的な価値観と地続きになっている「認知の歪み」が潜んでいると思われます。
このようなねじれた価値観の存在は気になるものの、依存症治療の臨床家としては、特定の芸能人を「あの人はセックス依存症だ、病気だよ!」などと安易にレッテル貼りするのは非常に危険だと考えています。
そもそも渡部さんにとって、不倫問題が発覚して、番組を降板になるなど社会的損失を被るような問題が表面化したのは、この件がはじめてです。もし今後、彼が芸能界に復帰してからも不倫や過激な性行為を繰り返し、さらなる損失を被り、本人も苦痛を感じていてもなお不特定多数とのセックスをやめることができないのであれば、セックス依存症である可能性も疑われます。しかしたった一度、週刊誌にスキャンダル記事が出ただけでは、安易な診断は誰も下せないというのが現状です。
彼らは「性欲の強いモンスター」なのか?
芸能人や著名人の例に限らず、セックス依存症というと「セックス中毒」「性欲が強い変態」というイメージが常につきまとい、ときに面白おかしく消費されているのが現実です。しかし、本当にセックス依存症に陥っている人は、性行為が好きで好きでたまらないのでしょうか? 性欲にだらしない、恐ろしいモンスターなのでしょうか?
これまで私はおよそ20年にわたり、アルコールやギャンブル、薬物、摂食障害やクレプトマニア(窃盗症)、痴漢や盗撮、小児性暴力といった性犯罪など、さまざまな依存症治療の現場に携わってきました。性依存症の臨床家としていうと、セックス依存症は決して性欲の問題ではありません。実にさまざまに複合的な要因が、複雑に絡み合って生じた問題なのです。
本書では、そんなセックス依存症を数々の実例とともに、当事者の苦悩と彼らが抱える背景、社会的要因からひもといていきます。自助グループや回復プログラムについても、かなりのページを割いて紹介しています。
また、本書でいう性依存症とはセックス依存症を含めた幅広い概念で、「さまざまな損失があっても性的逸脱行動を繰り返す状態」の名称として便宜的に使用しています。
セックス依存症は、誰しもが陥るリスクのある病です。そして、我慢や気合い、根性では治りません。回復のプログラムにつながることができず、放置しておけば症状がエスカレートし、深刻な強迫的性行動につながるケースも存在します。
この本を手に取ってくれた方のなかには、「ひょっとして自分はセックス依存症かも?」と思い悩んでいる人がいるかもしれません。依存症者をサポートする家族やパートナー、そして依存症についてより深い知識を得たい方もいるでしょう。本書がひとりでも多くの方の手助けとなれば幸いです。
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【もくじ】
はじめに セックス依存症の疑いがある有名人
第1章 誤解だらけのセックス依存症 ――彼らは「性欲モンスター」ではない
●あなたは大丈夫? 性依存症チェックリスト
●「セックス依存症」という病名は存在しない
●セックス依存症は「性欲の問題」ではない
●性依存症者を治療から遠ざける「男らしさ」の呪い
●性被害に遭った女性が自傷行為的にのめり込む
●性的嫌悪があってもセックス依存症に陥る
●苦痛や孤独を一時的にやわらげてくれる「負の強化」 ほか
第2章 危険なセックスをやめられない人たち ――実例から背景を読み解く
●実例(1)強引な性行為に及んでしまう ~認知の歪みと承認欲求~
●実例(2)不特定多数とのセックスがやめられない ~過去の性被害と依存症~
●実例(4)クリニックの外で性行為に及ぶ ~空虚感に耐えられない~
●実例(5)強迫的な自慰行為にのめり込む ~童貞・処女の性依存症~
●実例(7)オンラインセックスへの耽溺 ~コロナの時代のセックス依存症~
●実例(8)親の過干渉から生まれる性的嫌悪 ~見えない虐待「優しい暴力」~
●実例(10)「かわいそう」な息子と関係を持つ母親 ~障害者と性的虐待~ ほか
第3章 「性的しらふ」を求めて ――セックス依存症の治療:医療機関と自助グループ
●性依存症は「治る」のか?
●医療機関での性依存症の治療
●依存症の回復に欠かせない「自助グループ」の存在
●性依存症の自助グループ「SA」と「SCA」とは?
●ミーティングの指針となる「12のステップ」
●マスターベーションしないと性欲が溜まって危険?
●再発は回復のプロセス? ほか
第4章 依存症当事者に聞く自助グループの内側 ――「底つき」から回復への道筋:ミラクルさん(仮名)の場合
●危険なセックスに耽溺、HIV陽性で依存症クリニックへ
●「機能不全家族」と依存症の関係は?
●マスターベーションは意外とやめられる
●セクシュアルマイノリティや女性と自助グループ
●依存症者同士の恋愛は共倒れになりやすい
●回復への道筋「セクシュアルリカバリープラン」
●セックスレスとの向き合い方 ほか
第5章 性依存症の背景にある社会問題 ――性欲原因論、男尊女卑、性教育とアダルトコンテンツ
●「男性は性欲がコントロールできない生き物」は間違い
●日本は「男尊女卑依存症」社会
●求められるのは家庭での性教育
●父親が性について子どもに語る言葉を持っていない
●「AVはフィクション」だとちゃんと伝える
●加害者臨床の場でも問われる「性的同意」の重要性
●依存症回復のカギは自己肯定感より「自己受容」 ほか
第6章 AV男優・森林原人と語る そもそも「性欲」とはなにか? ――幸せなセックス、依存症のセックス
●僕もセックス依存症だったかもしれない
●「首絞めて」男尊女卑を内面化した女性の性欲
●性欲は「条件付け」と「学習」でアップデートされる
●アイドルの追っかけを生きがいにして痴漢をやめた人
●VRやセックスドールは性依存症の抑止力になるか?
●一般人よりはるかに厳格な撮影現場の「性的同意」
●僕を救ってくれたセックスの幸福感や悦びを伝えたい ほか
おわりに 弱さを知ることが、やめ続ける強さに変わる
セックス依存症
不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。