学校に行かなくてもいいよと安心させ、話を聞き出す
私はすぐにスーツの上着をはおり事務所を飛び出した。彼女がいるファミレスには数分で到着した。彼女は私の姿を見て驚いた。
「まさか、ほんものの探偵さんが来るとは思わなかった」
その子の第一印象は、どこにでもいる普通の中学生というものだった。外見は派手ではない。どちらかというと今時の子にしては地味なほうだ。顔にはまだあどけなさが残っている。だが表情は暗く姿勢はうつむき加減だ。
実際に会って会話しても彼女の話は要領を得ない。ファミレスで向かい合って、お互いの顔を見ながら電話でのやりとりの続きが始まる。
「なんで、死にたいの?」
「いろいろあって……」
こんなやりとりをしながらも、私は彼女の様子を観察する。指に噛かんだ痕があったり、手首をひっかいた痕が残っていたり、誰かと揉み合った時にできたと疑われる擦り傷もあった。これはレイプだと私は確信した。しかし、話は堂々めぐりだ。
「なんで、死にたいの?」
「いろいろあって……」
こういう時に私は「学校は楽しい?」とか「部活は何やっているのか」などと、たわいもない世間話はしない。彼女が本当のことを言うまで根気よく同じ質問を繰り返す。本当のことを話してくれれば、いろいろ手立てを講ずることができる。加害者を告発することもできるし損害賠償を勝ち取ることもできる。しかし、彼女が事実を伝えてくれなければ話は前に進まない。私は早く彼女が真実を話してくれるよう心の中で念じた。
1時間くらい、同じようなやりとりを繰り返した後で私はまた同じ質問をする。
「なんで、死にたいの?」
彼女はうつむいたまま、同じ答えを繰り返す。
「いろいろあって……」
そこで私は、口調は穏やかだが端的な言葉を使ってこう言い返した。
「いろいろとかいっても、わからないよ。レイプされたんだろう?」
彼女は目を大きく見開いて「えっ!」と驚いた。
それに対しこちらは同じ淡々とした口調でこう伝えた。
「きみがちゃんと話してくれれば、いろいろな手が打てる。相手を懲こらしめることだってできる。でも、きみが本当のことを言ってくれないと、ぼくは、何の力にもなれないんだよ」。さらに「今は学校に行きたくないのなら、行かなくてもいいよ」と続けた。
すると彼女は「うん」と頷き、レイプされた事実を初めて認めた。特に泣き出すわけでもなく表情は暗いままだ。
レイプ事案では「死にたい」と言っている被害生徒が、レイプの事実を親にも学校にも告げないため調査がなかなか進まない。無理もない、本人にとっては思い出したくない、語るのもおぞましい記憶だろう。しかし本当のことを告げてくれなければ何もできない。いじめ調査を続ける限り、時として辛い事実を聞き出すのが探偵の重要な役目になる。
しかし、探偵が聞き出すよりも実の親御さんが聞き出すほうがよいに決まっている。このケースでは、被害生徒本人から直接相談があったので探偵が真実を聞き出した。だが親御さんから「娘が死にたいと言っている」「娘の様子が変だ」と相談を受けた場合、私は「まずは、何があったのか聞き出してください」と言う。その際「何があっても親は子供の味方であることを伝え、嫌なら学校に行かなくてもいいと告げ、娘さんが安心して話せる雰囲気を作るようにしてください」とお願いする。
親御さんの努力により4人に1人くらいの確率で被害生徒は親御さんにレイプの事実を告白する。親御さんがいくら頑張っても本人が語ろうとしない場合に限って探偵が出ていくのが通例だ。
いじめと探偵
カツアゲ、暴力、万引きの強要、集団レイプ……子どもたちの間で過激化している「いじめ」。近年、その解決を私立探偵が請け負うケースがあるという。『いじめと探偵』は、これまで数々の「いじめ」問題を解決してきた著者が、実際に体験したエピソードを赤裸々に明かすノンフィクション。証拠の集め方、学校や相手の親との交渉法など、まさかのときに備えておきたい解決策も伝授してくれる。そんな本書から衝撃のエピソードをいくつか紹介しよう。