不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場トイレでの自慰行為がバレて解雇……。何度も損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態になることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっている。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。
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実例1:不特定多数とのセックスがやめられない ~過去の性被害と依存症~
20代女性・Bさんのケース
都内の百貨店で販売員として働くBさんには、いまだ癒えない心の傷がある。義父から受けた性的虐待の経験だ。
彼女はシングルマザー家庭で育った。中学生のころに看護師の母親が再婚し、義理の父親と暮らすようになった。しかしその後、Bさんは酒に酔った義父からレイプされてしまったのだ。当時、母親は夜勤で不在だった。
事件後、何度も母親に相談しようとしたが言い出せず、義父の性的虐待は高校卒業まで続いた。やがて周囲の男性に対しても不信感を抱くようになっていったという。
Bさんは高校卒業後、義父から離れたい一心で地元を離れて上京。就職してひとり暮らしを始め、すぐに職場の先輩の紹介で年上の恋人ができた。彼には性被害の経験は打ち明けなかったが、はじめてのセックスはとても優しいもので、Bさんは「大切にされている」と感じた。
しかしほどなくして、恋人の浮気がきっかけで交際は終了。Bさんは新たな恋人を探そうとマッチングアプリに登録した。デート相手は面白いように見つかり、なかにはその日のうちに刹那的に肉体関係に至る人もいた。「セックスしているときは自分のことを愛してもらえている」と感じたという。やがて多い日には、1日3人もの男性とマッチングアプリ経由でセックスをするようになっていった。
彼女の経験人数はもうすぐ300人を超えようとしているが、セックスをしても心は満たされないどころか、終わった後はとてつもない空虚感と罪悪感が残る。
また性行為の後にシャワーを浴びていた際、財布から現金を抜き取られるなどの金銭トラブルにも遭った。さらに先日は性器に痛みを感じ、急いで医者に駆け込むと性感染症と診断されてしまった。
セックス依存症の女性には、家庭内の性的虐待や性犯罪被害など、過去の被害体験が大きく影響しているケースが見られます。
私が臨床現場で関わってきた方のなかにも、過去に実父や義父、兄弟や親戚などからの性的虐待に遭ったことのある女性は少なくありません。聞くに堪えないような虐待をされて育ったせいで自己評価が極端に低下してしまい、セックスの最中に相手に抱きしめられて優しくされると、そのときだけ「自分が必要とされている」と錯覚してしまいます。そうして、好きでもない相手とであっても、性行為そのものにのめり込んでしまうのです。
ただ、セックスをすることで自分が抱えている心の痛みや不安を一時的に棚上げすることは、「性的トラウマの自己治療」ともいえます。そしてセックス依存症で悩む女性のなかには、それが影響して結果的に風俗店で働くようになるケースも少なくありません。
Bさんは20代と比較的若いものの、セックス依存症に苦しむ女性は10代から60代と幅広い年代に見られます。また過去の性被害のトラウマが原因で、セックス依存症以外にもリストカットや摂食障害、アルコールや薬物依存症など、さまざまな症状が併発することも珍しくありません。そして女性の場合、望まない妊娠や中絶など身体的なリスクもあります。
もちろん性被害が背景にあるセックス依存症者は、男性にも見られます。『セックス依存症になりました。』(集英社)の作者・津島隆太さんは、父親からひどい性的虐待を受けたことを作中で明かしています。私が実際に受け持った患者さんのなかにも、小学生のころに母親からこたつの中で性器を繰り返し弄(もてあそ)ばれる性被害を経験したという人がいました。過去の性暴力被害が性依存症発症のリスク要因になることは、男女問わず起こりうるのです。
実例2:風俗通いで借金を重ねる ~嘘と依存症~
20代男性・Cさんのケース
20代後半のCさんは、とある飲食チェーンの店長を任されていた。店は繁盛していたものの、ランチ営業がある平日は午前11時から深夜2時まで働き、休みは週1日だけという典型的なブラック企業だ。友人ともなかなか会えず疎遠になり、長年つき合っていた恋人もCさんのもとを去っていった。
過重労働と深い孤独のなか、彼の唯一のストレス解消法は給料日に通うソープランド。どんなに疲れていても、ソープ嬢たちはCさんに優しく接し、多少横柄な態度を取ってもイヤな顔ひとつしない。Cさんは、性欲を解消すると同時に女性たちを支配するような感覚と高揚感を得るようになった。
最初は月1回だったソープ通いもすぐに物足りなくなり、次第に月3回、週1回と増えていった。そしてソープだけでなく、ピンサロやイメクラなど一晩に何軒も風俗店をハシゴするようになっていった。
当然、経済的にも逼迫(ひっぱく)し、ついに彼は消費者金融に手を出してしまった。その額は400万円にも膨れ上がり、田舎の両親に「会社を辞めて新しく事業を立ち上げる」と嘘をついて幾度も金を借り、消費者金融への返済に充てるようになった。
しかしCさんの度重なる金の無心を不審に思った父親が彼を問い詰め、性依存症の治療を行っているクリニックへ相談に行くことになった。
借金をしてでも風俗通いがやめられなくなるというのも、性依存症のよくあるパターンです。
「性欲の解消」のための風俗通い。しかしその裏にあるのは、「風俗嬢に優しくされたい」「受け入れてもらいたい」という承認欲求や、ブラックな職場で働き続けるためのストレス対処行動としての側面などさまざまです。
Cさんは風俗にハマった挙げ句、親に嘘をついてまで借金をしてしまいますが、ここで注目すべきは、依存症と嘘の密接な関係です。
依存症者のなかにはとても嘘がうまい人がいます。私がこれまで関わってきた患者さんでも、診察室では非常に饒舌(じょうぜつ)で、必要がないときまで嘘をついてしまう人がいました。コメンテーターとしてテレビに出演できるのではないのか、というくらい弁が立つのですが、そういう人のなかには「学生時代は口下手でおとなしい性格だった」と語る人も少なくありません。
なぜ彼らは嘘をつくのでしょうか。
あるとき、60代になるクレプトマニア(窃盗症)の母親を支える30代の女性がこんなことを言っていました。
「幼いころ、母は私の憧れでした。キレイで優しくて、料理や掃除、家のことを完璧にこなすし、ピアノもうまい。理想のお母さんでした。でも私が物心ついたころ、母は父との結婚生活が破綻しかかっているストレスから万引きをするようになりました。やがて母は普段の生活でも平気で嘘をつくようになっていきました。私が子どものころ母は『嘘つきは泥棒のはじまり』と言っていたけど、そうじゃないと気づいた。『泥棒は嘘つきのはじまり』が真実なんです」
「泥棒は嘘つきのはじまり」とは、かなり核心をついた言葉です。
依存症者が再発するたびに、周囲は「意志が弱い」「だらしない」「根性がない」「また裏切られた」「本当にやめようと思っているのか?」「反省が足りない」などと責め立てます。
もちろんこれらの言葉を投げかけたくなる気持ちはわかるのですが、本人も頭では善悪の区別ができていて、「やってはいけないことだ」と十分にわかっています。それでもなお「やめたくてもやめられない」状態に陥るため、正論を言われれば言われるほど自責の念は強化され、恥の意識は強くなり、追い込まれていきます。その結果、自分の葛藤を周囲に打ち明けられず、嘘を重ねていくのです。
たとえば薬物依存症者なら、なんとしてでも薬を手に入れたいがために嘘をつき、周りから疑われた際にもなんとか嘘で切り抜けます。もちろん、再使用がバレたら警察に逮捕されるリスクもあります。嘘をつくのは、いわば彼らの処世術やサバイバルスキルなのです。しかも嘘に嘘を重ね、問題行動を繰り返すと次第に嘘も洗練されていくので、なおさら周りの人もたやすく騙されてしまいます。
つまり依存症者は、最初から嘘つきだったわけでなく、周囲との関係性のなかで嘘つきになっていくのです。「嘘つき」として生まれてくる人は誰ひとりとしていません。
先ほどの女性の母親の場合、嘘つきだから泥棒になったわけでなく、万引きを繰り返していくうちに嘘が必要になったというわけです。Cさんの場合も、風俗通いから性依存症になったことで両親に対して巧妙に嘘をつくようになりました。
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続きは幻冬舎新書『セックス依存症』をご覧ください。
セックス依存症
不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。