山本勘助を魅力的な悪役に
――世界を滅ぼすことができる九つの〈殺生石〉、その殺生石を砕く力を秘めている〈封魔の槌〉、魔人・山本勘助によって操られるさまざまな妖魔たち、と作品を貫くファンタジックな世界観も大きな見所ですね。
神永 想像力をここまで広げられるのも、時代小説ならではですね。妖魔や妖怪を現代に出現させるのはハードルが高いんです。かなりの理屈づけをしないと、荒唐無稽な話だと思われてしまう。でも、戦国時代なら違和感がないんですよ。読者は「超自然的なものもいたかもしれない」と感じてくれる。これは時代小説の不思議な力のひとつだと思います。このシリーズでは、日本人の感性にあったファンタジーを作りたいという目標があります。第二部には蛾の化け物が出てきますが、あれはやっぱり西洋風のドラゴンじゃだめなんです。日本固有のモチーフを使って、どれだけモンスターを作り出せるのか、そこは挑戦でもあり楽しくもありますね。イラストレーターの鈴木康士さんも怪物大好きなので、毎回喜んで描いてくれています。
――武田家の名軍師として知られる山本勘助が、悪の黒幕として強烈な存在感を放っていますよね。ほかにも武田晴信、笠原清繁など歴史上の人物が登場して、フィクションと史実がクロスする面白さを作りあげています。
神永 戦国時代には歴史の穴というか、現代でも埋められていない空白部分があるんです。山本勘助はまさにその代表。名前だけは残っているのに、実在した証拠がないとも言われています。そうした穴を想像力で埋めていく面白さがありますね。山本勘助を悪役として描いていますが、単純な悪人ではありません。彼には彼なりの信念や感情があって、〈殺生石〉を追い求めている。第二部ではそこまで掘り下げて描いていくつもりです。魅力的な物語には、魅力的な悪役が欠かせませんから。
――〈殺生石〉と咲弥を追いかける武田家側が、一枚岩でないところも興味深いですよね。山本勘助に付きしたがう小山田信有、やや距離を置いている穴山信友、それぞれの思惑が深みを出しています。
神永 同じ武田家に属していても、大切にしているもの、譲れないものはそれぞれで違ったはずです。異なった価値観をもったキャラクターが絡み合い、ぶつかり合うことで物語に大河のような骨太さが生まれてくる。このシリーズには内面を掘り下げてみたいキャラクターがたくさんいるんです。武田晴信についても書きたいですし、無名、矢吉、玄通和尚の内面ももっと描きたい。脇役として出したつもりのキャラクターたちが生き生きと動き出してくれたのは、作者として嬉しい誤算でしたね。
一貫して描きたいのは“出会いによる変化”
――内面といえば、一吾や咲弥の内的変化もじっくりと描かれています。「成長」「変化」はデビュー以来一貫している神永作品のテーマですね。
神永 物語を通して、キャラクターが何を失い、何を手に入れたのか。どんな作品を書くときでも、そこを一番重視しています。人間は人との出会いによって良くも悪くも変化してゆく生き物。その変化をごまかさず、しっかり描いていきたいという思いがあるんです。これは私生活でもそうですね。自分自身、人との出会いによってずいぶん変わることができたなと実感しています。「苦手なタイプだな」と思った相手でも、思い切ってつき合ってみると、自分にはないものの見方や考え方を持っていて、世界を広げてくれたりもする。人との出会いによってキャラクターの心がどう変わったかは、この作品でも丁寧に描いていきたいですね。
――現在、咲弥たちは〈封魔の槌〉を求めて、那須岳の洞窟を目指しています。山本勘助の放った不気味な追手の存在も気になりますが、物語は今後どのような展開を見せるのでしょう。そして、神永さんが「殺生伝」第二部にかける意気込みとは?
神永 那須岳に向かう旅の途中で、一行はとある合戦に巻き込まれることになります。歴史上、実際に起こったある合戦なんですが、詳しくは連載を読んでのお楽しみですね。この先物語はクライマックスに向けて、大きな転機に差しかかります。一吾と咲弥はどうすることもできない絶望の淵に立たされますし、無名の抱えている秘密も明らかにされるはずです。とにかくできる限りの挑戦をしている作品なので、想像力を膨らませて、ダイナミックでスピード感のある物語を楽しんでください。どんな作品になるのか、自分でも今から楽しみです。
(構成=朝宮運河 撮影=菊岡俊子)
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