母が1月25日に、心臓の手術をし、そのままICU(集中治療室)に入り、そこで2泊し、その後、HCU(高度治療室)に2泊し、1月の29日の午前中に、私が病院に行ったら、母は、もう一般病棟に移されていた。
手術前に、先生に年齢のことを考えても、今回は一般病棟に移るまで1週間くらいかかるかも知れません、と言われていたのに、今回も母は最速で一般病棟に戻って来た。
私は、それがうれしく、今回の難局もこれでほぼ乗り切ったなと、舞い上がり、夜、実家の風呂場でオペラ歌手になった。
湯船に浸かりながら、グノーのアヴェ・マリアを熱唱した。最初は、慎み深く、小さな声で、♪アーヴェー マリーアー グラーティアプレーナー♪と歌っていたが、だんだん気分も盛り上がり、♪サァーンター マリーアー サァーンター マリーーアー マリーーアーー♪と、上半身、風呂桶から出た状態で、絶叫し、心の中は、神仏に対する感謝の思いで溢れ、アヴェ・マリアが止まらなくなった。
古い表現だが、ボリュームの大きい壊れたレコードのようになっていると、3階から、弟が駆け降りて来たらしく、風呂場の外の廊下で何か叫んでいる。「ミナー、やめろー! アヴェ・マリア、やめー! やめー!」と大声が近づいてくる。
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さすらいの自由が丘
激しい離婚劇を繰り広げた著者(現在、休戦中)がひとりで戻ってきた自由が丘。田舎者を魅了してやまない町・自由が丘。「衾(ふすま)駅」と内定していた駅名が直前で「自由ヶ丘」となったこの町は、おひとりさまにも優しいロハス空間なのか?自由が丘に“憑かれた”女の徒然日記――。