精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回はうつに対する思い込みを解体するお話、続きです。
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「うつ」は心と身体のストライキ
それではいよいよ、「うつ」の状態について見ていきましょう。
生き物として人間の中心にある「心=身体」に対し、進化的に新参者として登場してきた「頭」が、徐々にその権力を増大し、現代人はいわば、「頭」による独裁体制が敷かれた国家のような状態にあります。
これに対して、国民に相当する「心=身体」側が、「頭」の長期的な圧政にたまりかねて全面的なストライキを決行します。もはや、「頭」の強権的指令には一切応じない。これが「うつ」の状態なのです。中には、過酷な奴隷扱いがあまりに長期間にわたった結果、「心=身体」がすっかり疲弊してしまい、ストライキというよりも、潰れてしまって動けない状態になっている場合もあります。
「精神力」の強い人こそ危ない
私はこれまで「うつ」のクライアントをたくさん診てきましたが、どの方にも共通して認められる特徴があります。それは、意外に思われるかもしれませんが、意志力の強さと我慢強さです。
こういった特徴とは、先ほどの説明になぞらえれば、「頭」のコントロール力が強いということであり、「頭」が「心=身体」に強権的に命令をし、クレームなど一切聞き入れないような体制がガッチリ敷かれている状態なのです。
ですから、発症前までは責任感が強く完全主義的でありながら、同時に他者への配慮も欠かさないようないわゆる「過剰適応」であった人たちが、その果てに「うつ」に陥ってしまうパターンが多く認められます。
巷で「精神力」と言っているのは、まさにこの「頭」の強権的コントロール力のことなのですから、むしろ「精神力の強い人こそ、『うつ』になるリスクが高い」と言うべきなのです。
「頭」の支配から脱却せよ!
「うつ」のこのようなからくりが分かれば、誰が考えても、その解決は自分の内部の「民主化」を行う以外にないことは明らかです。つまり、「頭」支配から脱却し、「心=身体」に主権を戻すことが必要なのです。
しかし、それでも「頭」は「心=身体」のストライキに対して以前にも増して「働け!」と鞭を振るい続け、それに応じない自分自身を「生きる価値のないダメな奴」と見なし、自殺願望を抱くまでに自分自身を追い詰めてしまいがちなのです。
このように、わけあって「心」が動かなくなったのが「うつ」の状態の真の姿です。ですから、事の表面だけを見てこれを「心が弱いから」「精神力が足りないから」と捉えることは、実態とはずいぶんかけ離れています。
なぜ一般的に「『うつ』の人を励ましてはいけない」と言われるのか、なぜ「うつ」の人を叱ったり発破をかけたりすることで事態が解決しないのか等々について、このような「うつ」のからくりが理解できれば、すんなり納得がいくのではないでしょうか。
「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。