精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回はうつを引き起こしやすい「性格」はあるのか、について。
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一見怠けているかのように見える新しいタイプの「うつ」が近年とても増えてきていますが、このようなタイプの「うつ」においては、性格傾向についてどのような特徴があるのでしょうか。
「非定型うつ病」「神経症」「パーソナリティ障害」「適応障害」等が、新しく「うつ」と診断されることの多い病態ですが、それぞれさまざまな性格傾向の違いはあるものの、対人関係への過敏さ、つまり過度に「他人からどう思われるか」を気にする「神経症性」が存在していることや、不当に自己評価が低く、自分自身を無条件には愛せないといった「自己愛」の問題を根底に抱えている点で共通しています。
この新しい「うつ」に陥りやすいタイプは、傷つきやすい繊細さを奥に秘め、他者からの評価を拠り所にする傾向が強く、それが時には感性の豊かな仕事を生んだり、人並み外れた頑張りを見せる原動力になることもあります。しかし、ちょっとした失敗に挫折感を抱いたり、人間関係による動揺が大きかったりもするような敏感な性格傾向だと言えるでしょう。また、「内因性うつ病」の病前性格として挙げられていた性格傾向も、ある程度混在している場合もあります。
性格は一生変えられないのか?
残念ながら専門家ですら「性格は一生変わらない」と考える向きがあるようですが、これはまったく誤った認識だと言わざるを得ません。
「性格」という概念を掘り下げて考えてみると、それは二つの要因によって構成されていることがわかります。
人にはそれぞれ生まれ持った「資質」というものがありますが、これは一生変わることのない先天的なものです。しかし、「資質」はあくまで「性格」の素材なのであって、それがその後の環境要因やさまざまな人生上の出来事によって、後天的に変化発展していきます。つまり、その人の人生の歴史が「資質」という素材を料理し、「性格」を作り上げていくのです。
「うつ」の問題に取り組んでいくうえで、先ほど述べたように「性格」は、発症の土壌となっている重要な要因です。もしも、この「性格」が変えようのないものだとすれば、治療法としてはひたすらにストレス要因を遠ざけ、症状を投薬によってコントロールする以外にないということになってしまうでしょう。実際、そのように考えているとしか思えない治療が、巷にはびこっているようにも見受けられます。
しかし、この「性格」に対するアプローチが決して不可能ではないことが理解できれば、より根源的な治療の可能性もイメージできるはずです。
人は先天的な「資質」を変えることはできませんし、変える必要もありません。「資質」自体は素材なのであって、素材が悪さをすることはないのです。問題となるのは常に、後天的な歴史による「変形」なのです。
短所と長所は同じ資質が異なった現れ方をしたものにすぎません。「資質」のプロフィールは人の数だけさまざまあるのですが、中でも突出して持っている性質を良い形で発揮できれば「長所」となり、誤ってマイナスの評価を下してぞんざいに扱えば「短所」になります。
ロサンゼルス・オリンピックの柔道無差別級で金メダリストとなった山下泰裕氏が、子供時代にはよく喧嘩をして自分を持て余していたけれども、柔道を始めることによって精神的にも安定しついには世界一にまで上り詰めたという逸話などは、まさにそのことを示している好例でしょう。
ですから治療としては、その人の性質を「性格」として大づかみに捉えるのではなく、先天的な「資質」の部分と後天的な要素とを丁寧に選り分けていく作業が大切です。
後天的な要素の中には、「自己愛」の傷つきや「神経症性」を生み出す原因となった「心」の歴史が含まれます。これを丁寧に取り扱って、未消化なまましまい込まれていた感情や認識の歪みなどを整理していくことによって、その人の現在にまで及んでしまっている心理的な呪縛を解いていくことになります。そのうえで、その人の「資質」が最も望ましい形で開花する方向が見つけ出されるよう、ガイドやサポートを行っていきます。
「うつ」を生んでいる土壌とも言える「性格」に対する治療アプローチとは、このような手順を踏むことで十分に可能なものです。この大切な作業を怠った表面的な治療だけでは、いわば手付かずで「うつ」の病根を残してしまうようなものであり、どうしても再発のリスクを残すことになってしまうのです。
「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。