精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回は、新しいうつに見られる自傷や過食といった症状についてのお話です。
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自己破壊ではなくリセットが目的だった
近年新しく「うつ」と呼ばれるようになった病態の中には、リストカッティング(手首自傷)などの自傷行為や、過食・嘔吐などの摂食障害を伴うタイプも存在します。
そのような病態では、パーソナリティの基盤となる「自己愛」の部分に問題を抱えていることが多く、通常行われているような休養や薬物療法中心のアプローチでは解決が困難で、適切な治療に出合えずに経過が長引いてしまっているケースも珍しくありません。
自傷行為や過食は、その行為自体が奇異で自己破壊的に見えるために、周囲からはネガティブなものと捉えられ、専門家による治療の場面でさえも「今後は決してしないと約束してください」と言われてしまうことがあるようです。
確かに、このような症状を消失させることは治療の重要な目的の一つではありますが、それを急ぐ前に、なぜこのような症状が起こっているかを理解しておくことが必要です。つまり、症状の意味をきちんと汲み取っておくということです。
このような症状を抱えている人たちは、根本のところに「自分自身のことを認められない」「自分を愛せない」といった「自己愛」不全の問題を抱えており、それゆえ、生きること自体が苦痛に満ちた状態になってしまっています。
自傷や過食にいたる心境を詳細に聴いてみると、「もうやらないようにしよう」といくら心に決めていても、それをしのぐ強い衝動が突き上げてきて、別モードに入ったような状態(離人状態)の中で行為に及んでいることが分かります。そしてそれは、自分の中に溜まった歪みをリセットするための、一種、自己治療の意味合いがあるようなのです。
「頭」の圧政から解放されたい衝動
「自分自身のことを認められない」状態とは、「頭(理性)」が「あるべき自分」を勝手に設定し、その基準や条件を満たしていない「実際の自分(「心=身体」)」を嫌悪してしまっていることです。
そのために、普段は「あるべき自分」に近づくべく「頭」が自分自身を強力にコントロールしていて、コントロールされる側の「心=身体」は持続的にかなりの無理を強いられています。そして、その無理がある程度以上に蓄積されてくると、自傷や過食の衝動が突き上げてくるようになるのです。つまり、「心=身体」側が、「頭」によって強いられ生じた歪みをリセットしようとするのが、自傷行為や過食なのです。
これは、地殻プレートの歪みがリリース(解放)される時に地震が起こるようなイメージで捉えることもできますし、「頭」の独裁的な圧政にたまりかねた「心=身体」の暴動として捉えることも可能でしょう。
自傷行為による自己確認
自傷行為や過食を行うことによって、「自分が自分でなくなっている」といった離人状態が少し改善する、という話をよくクライアントからうかがうことがあります。
「頭」が強力に自己コントロールをかけている状態においては、「頭」と「心」の間の蓋が閉じられているために、「頭」と「心=身体」は断絶してしまって感情や感覚も感じられにくくなるので、人は離人状態に陥ってしまいます。これが、自傷による痛みや出血、過食後の嘔吐などによって「身体」の存在が呼び覚まされて、離人状態が軽減するのだと考えられます。
一方、「頭」からすれば、そもそも自分自身を否定的に見たり嫌悪したりしているので、要求通りに動かない自分に懲罰を加えたくなったり、嫌悪する自分を否定したくなったりします。そのため、「心=身体」とは別の動機ではあるものの、自傷行為に同調してしまうのです。これはいわば、呉越同舟の関係です。
また、「自分を愛せない」ことの代償として「誰かから愛されたい」と他者依存的な状態に陥っている人の場合は、自傷行為は「こんなに私は苦しんでいるんだ」ということを周囲にアピールする効果もあるため、症状を手放しにくいという側面もあります。
このように、本人の中のさまざまな思惑が複合的に合致するうえ、刹那的な満足も得られやすいため、たとえ「やめたい」という意志があり「もうしない」と治療者や家族と約束をしたとしても、それでも歯止めが利かないような強い衝動が生まれてしまうのです。
コントロールに対する反逆現象をどう扱うべきか?
このように複合的な要因が生み出している状態へのアプローチは、「頭」の意志力に働きかける方法ではどうにもならないことは、以上のことから明らかです。つまり、そもそも「頭」によって行われる「あるべき自分」を目指した強力なコントロールによって生じている現象なのですから、「もうしないと約束させる」ようなやり方では、「自傷(や過食)をしてはならない」という新たな「あるべき」ミッションを付け加えることになり、原理的にうまくいかないのです。
もちろん、かといって治療としてはこのような行為を奨励するわけにもいきません。それでは、いったいどうしたらよいのでしょうか。
これらの症状は見かけが派手なため、誰しもこれを解消することを優先的に考えてしまいがちです。しかし、それは功を奏しません。ここはやはり、一見遠回りに見えても、根幹に存在する「自己愛」不全の問題やオーバーコントロールの問題にまっすぐにアプローチすることが最も有効な方法です。根幹の問題が変わらない限り、枝葉である症状に対して躍起になっても症状が別のものにシフトしてしまうだけで、真の解決にはいたりません。
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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。