禅僧、庭園デザイナー、多摩美術大学教授などの肩書を持ち、『ニューズウィーク』日本版では「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた枡野俊明さん。著書『禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧』は、そんな枡野さんが説く、ちょっとした心がけが詰まった一冊です。お辞儀、お箸の使い方、掃除、感謝、言葉づかい……実践すればきっと「いいこと」が起こり出す、そんな本書からとっておきの智慧をご紹介します。
* * *
「美しいお辞儀」は言葉より雄弁
「礼に始まり礼に終わる」というのは儒教の理念だと思いますが、スポーツの世界、とりわけ柔道、剣道など、単に技倆を競うだけでなく、生きる意味をそこに見出そうとする「道」がついた競技の世界では、もっともこの精神が大切とされます。
事実、剣道では、一本を取っても、ガッツポーズをしたら一本が取り消されるというルールになっていると聞きます。
私たちの日常で礼を示す所作といえば、まず「お辞儀」でしょう。しかし、昨今は美しいお辞儀に出会う機会がめったにない、という気がします。首だけをちょっと傾けてすませている、といったことが多くありませんか?
お辞儀は、いうまでもなく、相手に対する敬意をあらわす所作ですが、もともとは「私はあなたの敵ではありません」ということを示すものでした。深々と頭を下げれば、首の後ろがまったく無防備になります。最大の急所を相手の前にさらすわけですから、命を差し出すという意味あいがあったのです。
相手に自分の手が見えるように身体の前で組むのも、危害を及ぼすようなものは何も持っていない、ということを表現するものでしょう。
常に刀を携えていた武家社会では、一刀のもとに切り落とされることだってないとはいえなかった。まさしく“命がけ”の所作です。それゆえに、相手に対する最高の敬意がそこにこもっているのです。
このように、お辞儀は真剣な「所作」です。そのお辞儀を蔑ろにするのは、連綿と受け継がれてきた日本のすぐれた伝統的気風を貶めることになる、といっても決して過言ではありません。ですから、お辞儀の本来の意味を、ぜひ心のどこかにとめておいていただきたいのです。
第一印象はお辞儀で決まる
相手が初対面なら、お辞儀は第一印象を決定する大きな要素になります。一度刷り込まれた第一印象は、なかなか消えないもの。人物評価のかなりの部分を左右するのは、その第一印象です。
ぞんざいなお辞儀をして、
「なんか、いい感じしないな。最近、ヒット商品を出したからって、こちらを見くびっているんじゃないのか」
そんな第一印象を持たれたら、払拭するのは大変です。たとえ、仕事のスキルが高くても、いい関係になるのは難しい。「縁」が芽吹くのは“スキル”の耕地ではなく、“礼節”の耕地だからです。
相手と真っ直ぐに向き合い、腰をしっかり屈め、首筋と背中が一直線に伸びた、美しいお辞儀は、通り一遍のお世辞や社交辞令などよりはるかに雄弁です。相手に対する敬意、信頼、感謝……が無言のうちに伝わるのです。
すでにつきあいのある相手に対しても、いつも変わらないお辞儀を心がけてください。親しさを増しても、尽くすべき礼節は守る。その姿勢は、生き方の清々しさを感じさせるに違いありません。
「きょうはありがとうございました」と、美しいお辞儀で見送られた相手からは、きっと敬意と信頼と感謝が伝わってくるはず。「また、あの人と気持ちのいい時間が過ごせたな」。相手の心にきざすそんな思いが、縁をずっと、もっと、深めるのではないでしょうか。
あなたが生きる時間を、お辞儀ひとつが豊かにもするのです。
禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧
禅僧、庭園デザイナー、多摩美術大学教授などの肩書を持ち、『ニューズウィーク』日本版では「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた枡野俊明さん。著書『禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧』は、そんな枡野さんが説く、ちょっとした心がけが詰まった一冊です。お辞儀、お箸の使い方、掃除、感謝、言葉づかい……実践すればきっと「いいこと」が起こり出す、そんな本書からとっておきの智慧をご紹介します。