禅僧、庭園デザイナー、多摩美術大学教授などの肩書を持ち、『ニューズウィーク』日本版では「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた枡野俊明さん。著書『禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧』は、そんな枡野さんが説く、ちょっとした心がけが詰まった一冊です。お辞儀、お箸の使い方、掃除、感謝、言葉づかい……実践すればきっと「いいこと」が起こり出す、そんな本書からとっておきの智慧をご紹介します。
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意外と知らない「箸の持ち方」
かつての日本では、どの家庭でも、当たり前のこととして、お箸の使い方をしつけられました。「身」を「美」しくするのが「躾」。お箸の使い方は食事の所作の基本であり、美しく食事をするために、まず、身につけるべきものだということでしょう。
しかし、時代は変わり、現在の食事風景を見ていると、お箸をまともに使えない人がいやでも目につきます。すでに親世代が“個性あふれる”使い方をしているようですから、子供にしつけようがないというのが実情かもしれません。
いまからでも遅くはありません。正しい(だから、美しい)お箸の使い方にトライして欲しい、と思います。みなさんが考えている以上に、食事のときお箸の所作は気になるものなのです。「百年の恋も冷める」という言葉がありますが、いっしょに食事をしていて、相手のお箸の使い方に愕然となり、一気に情熱がしぼんでしまった、という話だって、事実、あるのです。
お箸を正しく使えないと食べ物がうまくつまめません。その結果、口に食べ物を運ぶのではなく、食べ物に口を近づける「迎え口」という食べ方になります。上半身をグッと前に屈めることになって食べる姿勢も崩れます。お箸の使い方しだいで、食事の所作全体が台なしになってしまうのです。
箸置きに置かれている箸は、まず、(右利きの場合)右手で箸の真ん中あたりをつまんで水平に持ち上げます。左手を下から添えて箸を支え、右手を移動して握る位置にセットします。
箸を握る位置は中央よりやや上が綺麗です。上側の箸を人さし指と中指の指先ではさみ、親指を添えます。下側の箸は薬指の上にのせる感じ。人さし指、中指、親指の三本で上側の箸だけを動かし、下側は動かしません。
覚えておきたい「箸のタブー」
これがお箸の使い方の基本。ただし、肝心なのはここからです。お箸の所作には「忌み箸」といって、古くからいくつものタブーが定められています。以下、列挙しておきましょう。
・移り箸(一度料理につけた箸を別の料理に移す)
・迷い箸(箸を持ったまま、あちこちの料理に動かす)
・空箸(一度箸をつけた料理を戻す)
・刺し箸(料理に箸を刺して食べる)
・涙箸(箸先から料理の汁をたらす)
・ねぶり箸(箸についたごはん粒などを舐める)
・寄せ箸(箸で料理の器を自分のほうに引き寄せる)
・渡し箸(お箸を器の上に渡すようにのせる)
・指し箸(持った箸で人を指す)
「そ、そんなにあるの? とても覚えきれない!」
そんな印象を持った人が少なくないはず。しかし、大丈夫です。料理をいただくことに感謝する心、器を大切にする心を持てば、ほとんどのタブーは自然に回避できます。
たとえば、一つひとつの料理を「ありがたくいただこう」と思えば、いったん箸をつけてから、別の料理に箸を移すこともしなくなりますし、料理の上で箸を迷わすこともしないでしょう。料理を刺したり、汁をたらしたりもしませんね。
器を大切に扱おうと思ったら、箸を器に不必要に接触させることもなくなる。心が所作を整えてくれるのです。
ただし、修行僧の食事作法では、器の上に箸をのせることをおこないます。この点だけは一般の場合と異なります。
日本人は「お箸の国の人」。美しく使ってこそ、日本人の心意気を示せるというものです。ぜひ、自分自身を「しつけ」てください。
禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧
禅僧、庭園デザイナー、多摩美術大学教授などの肩書を持ち、『ニューズウィーク』日本版では「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた枡野俊明さん。著書『禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧』は、そんな枡野さんが説く、ちょっとした心がけが詰まった一冊です。お辞儀、お箸の使い方、掃除、感謝、言葉づかい……実践すればきっと「いいこと」が起こり出す、そんな本書からとっておきの智慧をご紹介します。