「うつ病は抗うつ薬で治ります」という幻想
斎藤 私は苦手意識もあってバイオロジーへの親和性が低いんですが、たとえば抗うつ薬もこれ以上新薬を作ってもしょうがないと言われ始めていると聞きます。そちらの治療は袋小路的な見方があるようですが、これはうつ病治療の多様性でカバーしていけるのか、あるいはもう少しテクノロジー的なレベルで進んで行くべきなのか。
村松 薬に関しては、ここしばらくは画期的なものはできないだろうと言われてますよね。少なくともわれわれが生きてるあいだは、薬はそんなに進歩しないでしょう。
斎藤 私は、うつ病の敷居を下げたことが間違いだとは思わないんですよ。しかし、敷居を下げると同時に、「うつ病は抗うつ薬で治ります」という幻想を与え過ぎたことが問題だった。実際、SSRIをはじめとする抗うつ薬の改善率は6割前後ですが、寛解率は3割程度。誰でも寛解というゴールに行けるわけではありません。多くは慢性化して沈殿していくわけです。この層が相当いたので、うつ病の患者さんが増えた面も大きいのではないでしょうか。
村松 改善率と寛解率はその通りですが、薬の効果は何をうつ病と診断したかによって違うんですよね。たとえば、プラセボ(偽薬)効果と抗うつ薬の効き目に大差がないのは、内因性も何もゴッチャにしているからなんです。内因性だけなら抗うつ剤がもっと効くはずなんですが、残念ながらそれをエビデンスとして示すのは至難の業です。臨床医の勘としては、薬できれいに治る人がいるのは間違いないんです。
斎藤 手応えとしては、まったく同感です。変ないじり方をしなくても、薬だけで治る人は相当数いますよね。それは内因性の人が中心なんですが、じゃあ何を基準に内因性と判断したかが説明できないので、困ってしまう。しかし、EBM(evidence-based medicine=根拠に基づいた医療)に乗らない内因性概念をどう延命させるかは、きわめて重要な問題だと思いますね。僕らの世代ですら、内因性の教育をきちんと受けてこなかった人がいるぐらいですから、すごく難しいのですが。
村松 EBMも本当に根拠に基づいているならいいんですが、実際にはいい加減なエビデンスが多すぎますよね。
斎藤 一方で、エビデンスのレベルは低くても効果的な治療はある。これはもう職人芸の世界なので、現場のドクターに頑張っていただくしかないと思います。
(構成/岡田仁志)