「ショートケーキ」や「チーズケーキ」などの定番商品から、「パリブレスト」「ババ」などの変り種まで、約150種のお菓子に秘められた物語を明らかにした書籍『お菓子の由来物語』。名前や形の由来から、現代にいたるまでの変遷や歴史上の人物との関係性など、お菓子のルーツを余すところなく紹介しているこの一冊から、一部を抜粋してご紹介します。
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プリンのルーツ
1588年、英西戦争においてイギリスがスペインの無敵艦隊を破り、海の覇者となる。当時、航海中の最大の問題は食糧である。船上では手持ちの食糧を有効活用しなければならない。肉の小片やパン屑でも簡単に捨てるわけにはいかない。しかし、問題は料理法である。
あるとき、余った食材を全部合わせて卵液と一緒に蒸し焼きにしたら、ごた混ぜの茶碗蒸しのようなものが出来上がった。これが「プディング」のはじまりである。つまり、本来プディングとは、パンや肉、果物など様々な材料を混ぜて蒸し焼きにした料理であり、イギリスの船乗りの生活の知恵から生まれたものなのである。
これが後に陸上でも作られるようになる。最初は、脂身の残りやフルーツ、ナッツ、パン屑等を寄せ集めたものからはじまり、次に、パンや米「だけ」を入れたものが作られるようになった。やがて、具を入れない卵液だけを固めたものが作られるようになる。これが日本人にも馴染み深いカスタードプディングになっていく。このように、カスタードプディングは引き算で生まれたお菓子である。
日本への伝来
プディングが日本に伝わったのは、江戸時代後期~明治の初期である。文献上初めて確認されるのは「西洋料理通」(1872年)である。
プディングは、日本人の耳には、ポッディング、プッジングと様々に聞こえたが、やがて「プリン」と呼ばれるようになった。
家庭用料理本「洋食のおけいこ」(1903年)には既にプリンの作り方が掲載されているが、実際に一般家庭に普及するのは、1964年にハウスの「プリンミクス」が発売されて以降である。
*1 イギリスでは、プディングという言葉は、日本よりもはるかに幅広い意味をもった概念である。料理系のプディングを「セイボリー・プディング」(塩味のプディング)、甘いプディング全般を「スイート・プディング」と称し、後者はさらに(1) ベークド・プディング(パウンドケーキ、タルトなど)、(2) スチームド・プディング(クリスマスプディングなど)、(3) コールド・プディング(アイスクリームなど)の3つに分類されている。
プディングの原型となった料理(異説)
プディングのルーツについては、イギリス船乗り説とは別の説がある。
これによれば、本来は豚の血入りの肉や臓物の「腸詰」で、現在のソーセージの祖形ともいうべきものを「茹でた」ものであった(現在はブラック・プディングと呼ばれる)。
既に4世紀のローマには存在したといわれ、これはbottellusと呼ばれた。それが、フランス語のboudinとなり、英語のpuddingと変化していく。
15世紀になると肉のほかに穀物や牛乳、卵なども入れた腸詰(ホワイト・プディング)が作られるようになる。
16世紀にはオーブンが登場し、貴族の間では生地で肉や魚を包んで焼く調理法(ベークド・プディング)が登場する。
17世紀になると、豚の腸のかわりに布(プディングクロス)が用いられるようになる。これにより腸詰の作業がなくなり、プディングは一気に家庭料理として拡まる。
パンの粉、穀類、牛脂など何でも入れてスパイスで調味し、布でくるんで湯の中に入れて茹でたのである(ボイルド・プディング)。この頃に現在のクリスマスプディングの原型も生まれたとされる。
19世紀になると、プディング用の容器が生まれ、調理法も「茹でる」から「蒸す」(スチームド・プディング)に変化していくのである。
お菓子の由来物語
「ショートケーキ」や「チーズケーキ」などの定番商品から、「パリブレスト」「ババ」などの変り種まで、約150種のお菓子に秘められた物語を明らかにした書籍『お菓子の由来物語』。名前や形の由来から、現代にいたるまでの変遷や歴史上の人物との関係性など、お菓子のルーツを余すところなく紹介しているこの一冊から、一部を抜粋してご紹介します。