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贔屓贔屓(ヒーキビーキ)

2022.04.28 公開 ポスト

写真家ヨシダナギが「サヨリの尻尾」を集め続けた理由ヨシダナギ(フォトグラファー)

幼少期からアフリカの人々の美しさに強烈に心惹かれ、23歳のとき単独で初めてエチオピアに渡った、ヨシダナギさん。好きなものを追いかけ続けた結果、フォトグラファーとして活躍する彼女の生き方と作品は若者を中心に指示され、写真展は1年で10万人を動員するなど、注目を集め続けています。

昨秋発売のヨシダナギさんの著書『贔屓贔屓(ヒーキビーキ)』は、読者から「自分にはなかった視点で面白い!」「好きなものは好き、という気持ちを大切にしたくなりました」など、反響をいただいております。

話題の本書より、担当編集が特に贔屓にしている箇所を抜粋してお届けします。

*   *   *

サヨリの尻尾

サヨリ、という魚をご存知だろうか。細くて平べったくて、口先が針のように長く尖(とが)っており、冬から春にかけてが旬の、白身の高級魚……らしい。私は別にこの魚が好きなわけではないため、こうした情報は、今、初めて知った。

だが、「美しいと思うものは?」と聞かれて、必ず思い浮かぶのが「サヨリの尻尾」だ。

今回、この本のために、私が美しいと思うものをひととおり書き出してみた。筆頭は、もちろん「世界の少数民族・先住民」。そして、それに続くのが……「サヨリの尻尾」だったのだ。「ブラックルチル」や「溜まりのフォルム」などを抑えて、堂々の第2着である。

 

あれは、16歳か17歳の頃だったと思う。当時、私はグラビアアイドルなんぞをやっていたわけだが(高校には行っていない)、それだけで十分な食い扶持(ぶち)を稼げるはずもなく(もし稼げていたら、今ここにいない)、母親に紹介された居酒屋でアルバイトをしていた。

あるとき、客が帰った後のテーブルを片付けようとしたところ、皿の上に、小さく光るものがあった。それは、雨上がりの水たまりに浮かぶガソリンのような、弱々しい虹色に輝く、薄くて透明な何かだった。

ヨシダがサヨリの尻尾に出会った決定的瞬間である。その尻尾は、サヨリの刺身に添えられていたものらしかったが、とにかく、私はそれに一目惚れしてしまったのだ。

サヨリは、漢字では「細魚」とも書かれるくらい身が細いのが特徴で(これも、さっき知った)、尻尾(正確に言えば「尾鰭」)も、向こう側が透けて見えるほど薄い。そして、生のままの尻尾には薄い膜を張ったような光沢があり、居酒屋の蛍光灯の下で、ひっそりと輝いていた。

それまでサヨリなど食べたことがないし、そんな魚がいることも知らなかった私は、まさか客が残した皿の上で、こんなにも繊細なものと遭遇するとは思いもせず、その美しさに感動したのだった。

「こんなに綺麗なものを捨てるなんて、とんでもない」

そう思った私は、尻尾を胴体の骨から手で引きちぎり、エプロンのポケットにそっと忍ばせた。それからは、客がサヨリの刺身を注文する度に、私は率先してそのテーブルを片付けに行き、尻尾をちぎってはポケットに入れる、という行為を繰り返していた。

しばらくして。私が店にいないときに、他のアルバイトの子が私のエプロンがハンガーから落ちているのを見て、かけ直そうとしてくれたらしい。持ちどころが悪かったのだろう。エプロンを拾い上げた瞬間、ポケットからバラバラと何かが落ちてきた。サヨリの尻尾だ。しかも大量の。その子はゾッとしただろう。

店の人によれば、私が片付けのときにテーブルでゴソゴソとしていることには気づいていたらしい。だが、「つまみ食いでもしているのかな」「そんなにお腹が空いているのかな」と思って、何も言わなかったそうだ。

それが、よもやサヨリの尻尾を集めていようとは……。なんでこんなことをしたのか? と大いに問い詰められたのは言うまでもない。結局、せっかく集めた尻尾も丸ごと捨てられてしまった。

 

一体、私は何をしたかったのか。今から思えば、本当にただただ、これほど綺麗なものを捨てるのが「もったいなかった」だけだったのだろう。

そのときは一応、ポケットの中で乾かしてから家に持って帰って、箱の中にでもしまっておこう、という考えはあった(どうして溜めていたのかと聞かれれば、1枚ずつ持って帰るのは面倒だったからだ)。

だが、そうやって大事に箱にしまったところで、いつかは捨ててしまっていたことは間違いない。

実際、せっせと集めたものを一気に捨ててしまうことが、私にはよくある。どんなに熱中していたものでも、ある日突然、その熱が冷めてしまう瞬間が来るのだ。

というよりも、好きになったら一気に頂点まで突き進んで、もうそれ以上は行けないところまで来たら、一転して急降下する、というのがパターンになっているのだ。それが自分でわかっているから、捨てるために集めている、と言えなくもない。

私は、根がコンプレックスの塊(かたまり)で、他人に自慢できるようなものはほとんど持ち合わせていないが、この執着心のなさは、我ながら結構好きだったりもする。

 

で、サヨリの尻尾である。念のため言っておくと、居酒屋での収集活動がバレてからは、もう集めることはしていない。尻尾を見るために、わざわざサヨリの刺身を注文するようなこともない。最初の熱が冷めたからとも言えるし、ずっと置いていたら臭くなるということに気づいたからでもある。

だが、最初の出会いからもう20年近くになるが、いまだに「美しい」から連想するものの中での地位は揺るがない。しかも、少数民族とツートップを張るほど盤石だ。それほどまでに、あのとき居酒屋で初めて見たサヨリの尻尾の衝撃は大きかったし、今でも美しいと心底思う。

ちなみに、美しいのは生のサヨリの尻尾だけだ。焼いたりしたものでは、あの独特の光沢感や透明感がなく全く美しくないので、その点はご注意願いたい。

関連書籍

ヨシダナギ『贔屓贔屓』

「好き」とか「美しい」くらい、自由にさせて。 大好きなアフリカ人を追いかけていたら、フォトグラファーになっていた。 そんなヨシダナギの偏愛エッセイ。 「好き」という衝動は自分を、世の中を動かす。 少数民族から、うぶ毛・つむじ、サヨリの尻尾まで。 独特の鮮やかな世界観と生き方が注目を集める、ヨシダナギの“美”忘録。

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贔屓贔屓(ヒーキビーキ)

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ヨシダナギ フォトグラファー

1986年生まれ。フォトグラファー。独学で写真を学び、アフリカやアマゾンをはじめとする各地の少数民族や、世界中のドラァグクイーンを撮影、発表。唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され、2016年『日経ビジネス』で「次代を創る100人」に選出。また2017年、講談社出版文化賞写真賞を受賞。作品集に『SURI COLLECTION』『HEROES』『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』、著書に『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』『ヨシダナギの拾われる力』『しれっと逃げ出すための本。』がある。

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