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本屋の時間

2022.06.15 公開 ポスト

第136回

雨の日には……辻山良雄

まだ会社にいた頃、店の朝礼で、「今日は強い雨が降るからあまり人は来ないでしょう。でも明日の昼からまた晴れてくるので、お客さまは戻ってくると思います」などと神妙な顔つきで話していたところ、斜め前で話を聞いていたアルバイトのHがプッと吹き出した。そちらの方をチラッと見たら、彼女はこらえきれないといった様子で、「だって店長、天気予報の人みたいだったから……」と、うつむきながら苦笑いをする。

 

恥ずかしい。

思いがけず、痛いところをつかれてしまった。

わたしは途端に顔が赤くなり、これからは売上が悪くても絶対に天気のせいにはしないぞと、固く心に誓った……。

しかし実際の話、雨の日に本は売れない(小雨程度であれば落ち着きたい気持ちになるのか、カフェの方にはバラバラと客がやってくる)。そのような日が続けば気分も重たくなるもので、朝起きて今日も曇天であることを確認した時には、空の方に向かって、恨みごとのひとつでも言いたくなる。

人間にとってなくてはならない水も、本にとっては天敵のひとつだ。扉をはさんですぐ外に接しているTitleでは、この時期、棚に立てかけている雑誌や文庫本の表紙が湿気ですぐ反り返ってしまい、表に出す本を始終入れ替えなければならなくなる。

こと本に関し、自分がなぜそんなに水を忌み嫌うのか考えたとき、大切な商品がダメになるといったこと以外にも、子どものころの記憶があるのかもしれないと思い至った。

最近では、あまりそうした光景は見られなくなったが、わたしが子どもの頃には、道端によく本や雑誌が捨てられていた。大概は見て見ぬふりをしてそのまま通りすぎるのだが、ごく稀にこちらの気を引く本もあって、そっとページをめくるとよその家の匂いがむっとして、そんな時はすぐその場から逃げ出してしまう。

雨の日の通学途中、ふと道端の側溝に目をやると、投げ出されるようにして捨てられていた本が、死んだ小動物のようにぐっしょりと濡れていた。本のページは水で膨らみ、表紙はどろどろに溶け出して、それを見るたびに、何かなさけないような、いやぁな気持ちになったのだが、その時のざわざわした感触をいまだに引きずっているのだろう。自分が見ている本に関しては、できる限り乾かしておきたいと、それからは頑なに思うようになった。

しかし雨の日には、人を親密にさせるところもある。

何もこんな日に来なくてもといった大雨の日、わざわざ好んで店までやって来る人もいて、思えばその男性は、前も嵐の日に来店したような気がする。気持ちが内向きになりなんとなく心細く思っていたところ、誰かと会ったうれしさからか、普段はあたりまえに行っている本の受け渡しにも、お互い自然に笑みがこぼれた。

 

本屋をやっていて、日常的にいちばん接する機会が多いのは、運送業者の人たちだ。雨の日には荷物が濡れないよう、自分の身でかばいながら(または専用の布をかけ)本を届けてくれる姿には、いつも頭が下がる。

二年前の四月、新型コロナウイルスが流行り出し、世の中が騒然としていたころ、運送業者の彼らだけが、毎日とにかく忙しそうだった。Titleも店頭の営業は中止し、しばらくウェブショップだけにしていたのだが、ある大雨の日、半分開けていたシャッターから、ヤマト運輸のYさんが入って来た。Yさんはジャンバーについた雨を拭き拭き、店内に山のように積まれていた注文品の箱を、いつものように黙ってスキャンしはじめた。わたしは彼を見ているあいだ、突然彼に感謝の気持ちを伝えたい衝動に駆られた。

あの、もしよかったら、これ営業所のみなさんでどうぞ。

そのころ店では、コウケンテツがテレビで紹介していた青森のシードルを箱で買い、「大変な時期ですがお互い乗り切りましょう」と、お世話になっている人たちに配っていた。Yさんは突然出されたりんごのお酒に面喰ったのか、一瞬表情が固まってしまった。しかしすぐ「ありがとうございました!」と大きな声で言うと、トラックに荷物を積んだあとまた戻って来て、シードルをジャンバーの中に数本抱え込み、そのまま外に出ていってしまった。

いや、ビンなんだから、それは濡れてもいいんじゃないの。

そう思ったが、表ではトラックが間髪入れず発車する。いつもありがとうございますというねぎらいの言葉は、結局口に出せないまま終わった。ヤマトのトラックが行ってしまったあとは、屋根を叩く雨の音がいっそう強くなりはじめた。

 

今回のおすすめ本

『せかいはことば』齋藤陽道 ナナロク社

ことばの周りにある生活を描き、伝えること、コミュニケーションとは何かを考えさせる子育て漫画。それぞれのことばで、全身・全力で会話する家族の姿に心打たれます。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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