食料の多くを輸入に頼るうえ、長きにわたる減反政策で米の生産が大きく減り続け、余剰も備蓄もない日本。元農林水産省官僚で経済学者・農政アナリストの山下一仁さんによる『日本が飢える! 世界食料危機の真実』は、「軍事危機で海上交通路を破壊されたとき、国は国民にどうやって食料を供給するのか? 日本は有事において武力攻撃ではなく食料不足で壊滅する――」と警告します。もし輸入が途絶した場合を分析した箇所を抜粋してお届けします。
最低限必要な食料生産はどれくらいか?
まず、輸入途絶という危機が起きたときに、国民が餓死しないために、どれだけの食料(特に、米、小麦などカロリーを供給する穀物)が必要なのだろうか?
小麦も牛肉もチーズも輸入できない。トウモロコシや大麦も輸入できないので、日本の畜産は壊滅する。輸入物だけでなく、国産の畜産物、牛肉、豚肉、鶏肉、卵、牛乳・乳製品も食べられない。豊かで健康な食生活は、あきらめるしかない。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる程度の食生活を送るしかない。具体的には、米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかないのだ。
当時の米の一人一日当たりの配給は標準的な人で2合3勺(330g/一時2合1勺に減量)だった(子供は減量され、炭鉱労働などカロリーを多く使う者には加配された)。年間では120㎏である。今、これだけの米を食べる人はいない。2020年の一人一年当たりの米消費量は50・7㎏である。
しかし、1億2550万人に2合3勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、玄米で1500万~1600万トンの供給が必要となる。しかし、農林水産省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米はピーク時の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしている。今輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分に相当する800万トン程度の米しか食べられない。
現在、政府は配給通帳を用意していない。食料危機が起きてから、1億2550万人用に印刷して配布したのでは、危機対応に間に合わない。配給制度がなかったら、どうなるだろうか? 価格は高騰する。その価格で購入できる資力のある人たちは、2合3勺以上の米を買うだろう。この場合、半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死する。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、米は強奪されるだろう。米騒動の再来である。しかし、運よく入手した人も、いずれ食べる米に事欠くようになるだろう。
国民の半分に2合3勺を配給して、残りの半分に全く配給しないとして、やっと国民の半分は生き残れる。それでも約6000万人が餓死する。しかし、ある人に配給して、ある人に配給しないことは、政府が生存者を選別することになるので行えない。危機が一年間続くという最悪の事態を想定すると、全ての人に2合3勺(年間120㎏)の半分の1合1勺(年間60㎏)を配給するしかない。これで生存できる人は、他に食料を入手するすべを持っているなど、極めて幸運な人だけである。
あるいは、とりあえず2合3勺を配給して、米の在庫が尽きたときは、その時点で何らかの供給手段を考えるという楽観的なシナリオを政府が考えるかもしれない。しかし、半年くらいあとに米の在庫がなくなったとき、他の供給手段がなければ、国民全員が飢えるしかない。終戦直後の場合には、アメリカから援助物資が届いたが、シーレーンが破壊され続ければ、輸入はできない。
別の観点から言うと、今の米生産で生きていくしかないとなると、米の消費量は現在の年間50・7㎏と同じとなる。今の食事から米だけが残り、他には何もない献立、食生活を想像してもらえばよい。終戦後は、小麦から作った“すいとん”という非常食があった。しかし、麦生産も減少しているので、国民に戦後ほどの麦は供給できない。米の代用食としての“すいとん”も満足に食べられない。かろうじて魚は供給できるかもしれないが、石油がないので漁船は操業できない。漁獲量は大幅に低下する。
カロリーから見ると、1946年の国民一人当たりの摂取カロリーは1903キロカロリーである。現在の米の消費量では、475キロカロリー(2020年)が供給されているにすぎない。終戦時のカロリーのわずか4分の1である。
これで、どれだけの人が生存できるかわからない。数字的には、国民全てが餓死する。その前に、乏しい食料を奪い合うという凄惨な事態が発生し、半数近くの国民が命を落とすかもしれない。
これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ、農林水産省とJA農協という組織が行っている米減らし政策がもたらす結果である。
危機による被害の程度
シーレーンが破壊され、食料輸入が途絶される事態が、どのタイミングで起きるか、どれだけの規模で輸入できなくなるのか、どれだけの期間継続するのかによって、危機の被害は異なる。
小麦やトウモロコシなど輸入穀物はその都度必要量を輸入しているので、国内にそれほど在庫があるわけではない。在庫があるのは、国内で生産されている米と小麦である。これを食いつなぐしかない。
問題は、米も麦も一年一作であり、すぐには作れないということである。第一章で述べたように、最悪のタイミングは、田植えが終了した6月に危機が起きることである。当年産の米の生産は増やせない。種籾を工面して翌年産の米を増産しようとしても、収穫は翌年の9月まで待たなければならない。16ヶ月を必要量の半分の米でしのがなければならない。
次に、シーレーン破壊の規模である。例えば、台湾海峡周辺の紛争に限定されるのか、日本周辺まで巻き込んだ戦争が起きるのか、さらには日本の国土自体が戦場となるのか、である。また、どの程度の期間継続すると思われるのかである。これらに応じて、危機の程度が異なる。国土が戦場になるときは、農業生産自体に甚大な影響が出る。しかし、危機への対応は最悪の事態を想定するしかない。
危機が長期間継続する場合
危機が当年産の収穫前に生じても、すでに作付けしている当年産の収穫にはほとんど影響はない。問題は、危機が翌年産の生産期間まで及ぶ場合である。ウクライナでは、小麦の作付けはロシアの侵攻前に終わっていたので、影響は少なかったが、春に作付けされるトウモロコシの生産への影響が懸念された。
シーレーンが破壊されると石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単位面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下する。
戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、終戦直後の農業の状態に戻ると考えてよい。しかし、このときは、農地解放によって自作農を作った。18世紀イギリスの農学者アーサー・ヤングの「所有の魔術は砂を化して黄金となす」という言葉があるように、これで農民の生産意欲は大幅に向上した。また、石炭と鉄を基本とした傾斜生産方式によって化学肥料を増産した。農地解放と傾斜生産方式という、食料増産のための効果的な方法を考案するだけの能力を持った人材が、官界、学界に、存在した。
それでも、人口は7200万人、農地は600万haあっても、飢餓が生じた。仮に、このときと同じ生産方法を用いた場合、人口が1億2550万人に増加しているので、当時の600万haに相当する農地面積は、1050万haとなる。それでも十分とはいえない。しかし、農地は宅地への転用や減反などで435万haしかない。
農林水産省は、今の農地にイモを植えれば必要なカロリーは賄えると言うが、それは石油も肥料、農薬、機械も、現在のように使えるという前提に立った試算である。危機時には、これらやその原料は輸入できない。危機というものを想像していない試算である。
危機が長引いた場合、現状の農地面積では、現在の米の生産量約700万トンさえ生産・確保できない事態に陥るのである。
そればかりではない。終戦後の食料難時には、戦争は終わっていた。農業生産自体が脅かされることはなかった。しかし、ウクライナのように国土が戦場になるときは、現在の農地さえ生産の用に供しえなくなり、生産が大幅に減少することを覚悟しなければならない。
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続きは、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』をご覧ください。
日本が飢える!
2022年7月27日発売『日本が飢える!』について