2022年最も売れた本『80歳の壁』は、「我慢せず好きなことをするのが体にいい」とこれまでの高齢者の健康常識を覆す一冊で、多くの反響をいただきました。では、具体的にはどんなふうにすればいいのか? 食事や運動など具体的な生活習慣について、たくさんご質問をいただく中で生まれたのが、最新刊『80歳の壁[実践編]』です。
がくっと衰える人が多い<80歳の壁>をいかに乗り越えるのか? 食べ方・眠り方・入浴・運動など……、ちょっと意外、でもすぐに取り入れられる具体的な秘訣をつめこんだ一冊です。
発売を記念して「まえがき」を全文公開いたします。
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なぜ、人は「80歳」を境に、がくっと衰えるのか? ──これは、私が長年抱いてきた素朴な疑問であり、老年精神科医としての考察テーマでもありました。
むろん、医学的、生物学的な理由は多々挙げられます。しかし、私は近年、80歳という「切りのいい数字」に、その最大の原因があるのではないかと、思うようになりました。
「80歳」という節目のいい年に、何かを「やめる」人が増えるからです。
たとえば、「80歳になったから、運転をやめる」「傘寿を節目に、習い事をやめる」というように、80歳(傘寿)を節目に、人生に大きめの「コンマ」を打つ人が多いのです。
そして、何かをやめると、外に出かける機会が減り、頭や体をあまり働かせなくなり心身の衰えが加速度的に進むのです。つまり、何かを「やめる」ことが、健康寿命を縮めるのです。
健康寿命を延ばす要諦は2つです。ひとつは「やめない」ことです。もちろん、年をとれば、できることは徐々に少なくなっていきます。それでも、「残された能力」を生かし、方法を工夫して、なんとか「続けていく」ことが健康寿命を延ばします。
もうひとつの要諦は、「我慢をしない」ことです。たとえば、あなたは、次のような「我慢」をしてはいないでしょうか?
・本当は食べたいのに、「健康に悪いから」と我慢してしまう。
・したいことがあるのに、もう歳だから、と我慢する。
私は、この「食事の我慢」と「したいことへの我慢」が健康長寿を阻む内なる敵だと思います。
日本人は、いまだ『養生訓』の影響下にあるからなのか、健康に関して我慢をいといません。しかし「健康のために我慢する」という発想こそ、私は「不健康」だと思います。実際、「我慢」は健康寿命を縮めます。不必要な我慢をすると、NK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性が落ち、免疫力が低下して、ガンなどの大病を招くリスクが高まるからです。
ヒトの体は不確実性に満ちているので、むろん「我慢が功を奏する」場合もあります。しかし、「我慢」と「自分の気持ちを大事にする行動」のいずれが、最終的に健康寿命を延ばすかは、医者を含めて誰にもわかりません。
それならば、「食べたいものを食べて、したいことをして、前向きに愉快に暮らそう」というのが、前著『80歳の壁』以来の私の提案です。高齢者は、幸齢者になれるのです。本書でも、その考え方に変わりはありません。
本書では、そうした考え方に立ち、健康長寿を実現するための「80のヒント」について、お話しします。そのなかには、食べ方、眠り方、入浴法、家事、運動などに関する実践的なコツを満載しました。
ヒントの数は「80」ですが、一本一本のヒントのなかに、多数のコツを詰め込んだので、トータルのハウツウの数は何百にものぼります。もちろん、そのすべてを実践していただく必要はありません。人間、80歳前後にもなると、個人差が大きくなります。私の提案も、すべての高齢者には当てはまりません。「これ、私に合っているかも」と思うことがあれば、ひとつでも2つでも参考にしていただければいいのです。それでも、十分、あなたの健康寿命を延ばすことにつながると思います。
「老いを受け入れながらも、無用な我慢はしない。そして、できることを賢い方法で続けていく」──それが健やかな晩年を送るベストの道です。逆にいえば「やめる」と「我慢する」は、人生を短くも小さくもする「負の呪文」です。本書には、その呪文に抗するための知恵と知識を満載したつもりです。これからの人生を笑顔で過ごすため、本書が一助になれば、著者としてこれほど嬉しいことはありません。
2023年3月
和田秀樹