自分の先祖はどんな人物だったのか――? 日本人の90%が江戸時代、農民だったとされますが、さらに平安時代まで千年遡ると、半数は藤原鎌足にルーツがあるといいます。名字、戸籍、墓、家紋からたどることのできる先祖。『先祖を千年、遡る』(丸山学著)より、自分自身の謎を解く醍醐味とその具体的手法を伝授します。
お墓は雄弁に語る
身近に存在していて先祖を感じることができるものとして「お墓」があります。
家系図作成・先祖探しにおいて、お墓は情報の宝庫といえます。
昨今では、自家のお墓は霊園にあり、それも比較的新しいものだけ、という家も増えていると思います。正直、そういうお墓にはそれほどの情報があることは望めません。
しかし、地方の古いお墓には、墓石に刻まれた文字情報はもとより、墓石の位置関係などまで含めて先祖の暮らしぶりを感じられる「歴史」がギュッと詰め込まれています。
本章の冒頭部分は、中国地方での現地調査の帰りの新幹線の中で書き始めましたが、その際の調査でも依頼人の総本家にあたる家の古い墓(江戸期のものが20基近く)を見せていただくことにより江戸期の先祖名が判明し、かつ豪農としての暮らしぶりを感じることができました。
まず、江戸期の墓石が大量に存在しているという事実からだけでも、村内で名士的な位置を占めていたことがうかがえます。そもそも墓石建立が庶民の間で一般的になったのは江戸時代も後期になってからです。現在は「先祖代々の墓」として1基の墓石のもとに家族全員が入るのが一般的ですが、江戸期は一人1基。あるいは夫婦で1基の墓石を建立するのが通常です。
その中で後世までしっかり残るようなものは、代々の当主のものだけです。つまり、江戸期の墓石が大量に存在しているという時点で江戸の前~中期からの墓石もあると推測できるのです。江戸後期の当主墓だけなら、それほどの数にはなりようがありませんので。
実際にその後に墓石に彫られた年号を調べてみるとその通りでした。当時の石材は貴重品ですから、江戸の前~中期にお墓を建てていること自体、経済力があった証でもあります。
墓石を一つ一つ見て驚いたのが、文化年間(1804~1817年)など200年ほど前の戒名・没年月日も肉眼ではっきり読み取れることでした。これは、しっかりした石に相当深く文字を刻んでいる証拠です。こうしたことからもやはり当時の財力がうかがえます。
また、墓は山の斜面のようなところに存在していたのですが、総本家の墓地はいちばん高いところに位置し、それを取り囲むように低い位置に同姓の分家墓が存在していました。この時はすでにこちらの家が総本家であることが分かった上での調査でしたが、たとえ、そうした予備知識がない場合でも墓石の位置関係から本家・分家関係を推測することも可能です。
この案件のように200年以上前の墓石でもきれいに文字が読めることは稀で、実際には何か書かれているようだが肉眼では読めないという墓石に出くわすことが多くあります。
ところが、面白いもので読めないと思っていたものでも時間を変えて見に行くと読めたり(光が当たる角度が変わるのですね)、水に濡らすと文字がきれいに浮かび上がったりすることがあります。
それでも読めないという場合には「拓本」という手があります。
これは石碑に書かれている文字を墨で写し取る手法ですが、魚拓のように墓石にべったりと墨を塗る訳ではありません。墓石を汚さずに肉眼では読み取れないような文字を画仙紙に写し取ることができる手法です。
時折、文字が刻まれているのかどうかさえ分からないような酷く摩耗した古い墓石に出会います。しかし、大体は戒名と没年月日が刻まれているはずです。
そのような場合は、まず墓石の側面などをゆっくりと撫でてみます。
先日も、膝くらいまでの高さしかない古い墓石をそうして触ってみると微妙に凹凸があるような気がしました。半信半疑ながら念のため画仙紙を当て水を吹きかけ、墨をパタパタと塗ってみました。
そうしたところ見事に、
「延享二乙丑年(えんきょうにいっちゅうのとし)三月六日」(1745年)
という文字が浮かび上がってきたのです。
この記録を元に菩提寺で過去帳と照合していただき、その墓石に眠る先祖の俗名まで判明しました。約267年前のご先祖様が蘇った瞬間でした。
このように、自身の先祖のことを知りたければ、古いお墓に行くことです。
情報の宝庫でもありますし、やはり自家を支えてきてくれたご先祖様たちに囲まれてみると特別な感慨が込み上げてきます。現代を生きる私たちも日々様々な悩みにさらされていますが、墓石の年号を見ていると「この頃は大飢饉だったはずだよな」とか「西南戦争が起きた年だな」「第2次世界大戦の最中で亡くなったのか」などと、こちらよりよほど大変な時代を生きたご先祖様に叱咤激励されること請け合いです。
ところで、私は霊感のほとんど無い人間なのですが、先日、ある案件で朝から夕方までひたすら墓石を調査し、拓本をいくつも取ったあとに夜ホテルで寝ていると突然、目が覚め、今まで感じたことがないほどの激しい耳鳴りに襲われました。
そういえばその日は密集している墓石の中で拓本を取り続けたため、あっちの墓石に尻をぶつけ、こっちの墓石の上に拓本道具をちょっと置かせてもらい……という状態でした。最後に丁重に全ての墓石に手を合わせてきたのですが、ちょっと怒られてしまったのかもしれません……。
墓地を調査する場合には、そこに眠る方々に対してはもちろんですが、お墓を守っている方にも事前にきちんと挨拶をするなど失礼のないように最大限の配慮をしなければなりませんね。
このように「名字」「家紋」「戸籍」「お墓」という私たちが日常の中で触れるものからも自家のルーツは意外と知ることができるものです。いかがでしょう、一生に一度くらい顔も名前もまだ知らない遠いご先祖様に出会う旅に出てみませんか?
先祖を千年、遡る
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