ネットの自分がリアルな自分の首を絞める
東 やじ問題については、男性の3分の1以上は、何が本当に問題なのかわかっていないと思います。これも、“ネットの建前”が通用する場所以外では、「過去にあんな経歴や発言をしている女なんだから、言われて当然だ」と思っている男性はたくさんいるでしょう。僕自身、これを言うと「ひとによってはセクハラされていいのか」といった議論になることは当然理解したうえで、それでも「塩村さんがああいうスキャンダルのない人だったらよかったのに」と思ってしまうんです。もしも彼女が、少子化問題について実績のあるエキスパートだったら、男性の受け取り方はまったく違っていたでしょうから。
ジェーン そうか、男性はやっぱりそこを問題にするんですね! 目前の問題以前に、相手の過去の功績や言動で優劣を決め、それを指針にヒエラルキーを作り、そこから判断する。塩村さんはその俎上に上げられていたのだということが今、改めてわかりました。でも、前回も言った通り、勝ち負けでしか生きる価値を判断できない男性は、これからますます生きづらくなっていくような気がします。ネットでコミュニケーションしていて痛感するのは、同世代の男性で自分は“勝ち組”だと自認している人と会話するのは、そう難しくないんですよ。「俺のほうが絶対に勝っている」という前提でいるから、女性が何か言っても受け止める度量がある。でも、“負け組”を自認している男性は、「お前らがいるせいで、俺たちが割を食っているんだ」という被害者意識のせいか、露骨に女性を攻撃対象にしてくる場合もあります。
東 そういう男性とのコミュニケーションは大変難しいですよ。格差感覚は相対的なものだから、むかしは自分の周辺の世界で完結してプライドが保たれていた。それがネットに行くと「お前、社会的なランクではけっこうクズのほうだぞ」とか言われてしまって、どんどん不幸になっていく。
ジェーン それこそ、東さんが本の中で書かれていたように、成功や失敗を考えずに“偶然性に身をゆだねる”ことで、勝ち負けに囚われた価値観から抜け出すことができたらいいのに……と思いますね。
東 そういう意味では、facebookで幸せアピールとかリア充自慢みたいな写真をアップするのは本当にやめたほうがいいですよ(笑)。あれをやっていると、SNS上でどう見えるかという“ネット上の自分”を物語として完結させるために、現実の行動を変えるようになる。それこそ、自分を不自由にしてしまいます。
ジェーン 人生の主客が逆転してしまっているわけだ。facebookでみんながやっているのは、自分のいいところだけを切り取ってプロデュースするという、“幸福の可視化と定量化”ですよね。これをやめないと、ネットの自分がリアルの自分の首を絞めることになりますね。
東 繰り返しになりますが、これも結局、ネットが“第2の建前”の場になっているという話。「世間では言えない本音がここにはある」という建前がネットにはある……というふうに、世界が複雑化してしまっただけなんです。ここ数年で、日本のネットは急速に使えなくなりました。日本だけでなく世界的に見ても、ネットの登場によって私たちの社会が大きく変わると言われていた激変期が終わって、一段落着いたのかもしれません。
(第3回へ続く)
ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』×東浩紀『弱いつながり』刊行記念対談
7月24日に『弱いつながり』と『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』を刊行したばかりの東浩紀さんとジェーン・スーさんが「男と女の生き方」について語り合いました。意外な初顔合わせの対話は、お互いを探り合いつつ、始まりました。(構成:福田フクスケ 撮影:牧野智晃)