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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023.11.03 公開 ポスト

会話はすべて「誰かに告げ口される」と思って生きる…渋谷バー店主の人間関係への誓い林伸次

渋谷で30年近くバーを営む林伸次さんによる短編小説集『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』は、毎日、いろんな人と話をする仕事だからこそ見えるであろう人間の細やかな心情が描かれています。そんな林さんが思う幸せとはどういうものなのでしょうか?

「良好な人間関係」は年をとってからも作れる

以前、ある人が、「Aさんって大したことないよね。なんかどうなんだろう」みたいなことを僕に言ってきたので、「まあそうですねえ。うんうん」みたいに話を合わせてしまったことがあるんです。

僕、バーテンダーという仕事を27年間していまして、バーテンダーの会話って基本的に「イエスマン」なんですね。「最近、コロナが終わっても景気は良くないねえ」って聞かれると、「そうですねえ。ほんと困りましたね」って答えるし、「渋谷、外国人多いねえ。彼らのおかげで売り上げいいでしょ」って言われると、「そうですねえ。ほんと助かりますよ」って答えます。

そのせいか、ついついAさんの悪口にものっかってしまったのですが、その人、そのAさんのところに行って、「林があなたの悪口を言ってた」って伝えてしまったんです。Aさん、すごく怒った長文のメールを僕に送ってきまして、菓子折り持って謝りにいきました。

僕たち人類が「言葉」を手に入れた理由は、「陰で誰かの噂話をするため」という説があるのはご存じでしょうか。

僕たち人類は集団で助け合いながら生活しているから、みんなが働いているのに一人だけ遊んでいる人がいたり、嘘ばっかり言う人がいたり、誰かの恋人を寝取ることばかりする人がいたりすると、変なことになってしまいます。だからお互いが陰で、「あいつはこういう奴だ」って相互監視して評価し合っているというわけです。

それでついつい誰かの悪口を陰で言ってしまうんです。悪口って「そうだよね。あいつダメだよね」って共有すると、仲間になれるじゃないですか。同じ敵を持つって、簡単に仲間になれる手段でもあります。

でも上の失敗をしてから、僕もう誰かの悪口は言わないって心に決めたんです。「悪口を言いません!」ってなんか小学生の誓いみたいですよね。でもこれしかないかなって思って、もう二度と悪口は言わないって決めました。

そう決めても、上のように「あの人ってダメだよね」って僕のところに来て言う人ってどうしてもいるんですね。そんなときは、「まず同意はしない」ってして、出来る限り、「そうかなあ。あの人、僕好きですけどねえ」って反論することにしています。

あるいは、「あの料理マズいね」とか「あの映画つまらないね」とかっていうことを言ってくる人もいるじゃないですか。これは「評論」だからいいと思いますよね。僕、「マズい」とか「つまらない」も言わないって決めているんです。

「マズい」っていう「味」ってなくて、「自分には少し塩味が強すぎた」とか「自分には麺が茹ですぎだった」とかって言うのが正しいと思うんですね。同様に映画が好みじゃなかった場合は、なぜ好みじゃなかったのかっていうのを言葉で説明すべきだと思うんです。そうすれば、「ああ、あの料理は現地風だから塩辛いんだよね。じゃあ仕方ない」ってなります。お互いが理解し合えます。

あと、悪口を言ってると、「この人は悪口を言う人なんだな」という印象になってしまうんですね。「ということは、この人は別の場所では僕の悪口を言ってるかもしれない」という不信感を持ってしまいます。

あるいは「ネガティブやポジティブって移る、伝染する」ってご存じでしょうか。いつも不平不満ばかり言ってる人が近くにいると、どうしてもそういう思考になってしまうし、当然いつも世界は素晴らしい、みんなは最高って言ってる人が近くにいると、世界は素晴らしく見えてきます。

だから、「林は悪口は言わない。むしろ誰かが悪口を言ってると否定する」っていう場の雰囲気を作ってしまうと、そういう人たちが集まってくるんです。

最近、「全てのLINEはスクショされるし、全ての会話は録音されていると思っていた方がいいよ」という言葉をたまに耳にしますが、実は昔から「全ての会話は、誰かに告げ口される」と思うんです。

それで僕はとにかく、誰かの悪口は言わない、誰かが作ったものを否定することもしない、って決めてしまいました。
 

(写真:Unsplash/Providence Doucet)

僕たちの人生って、すごく成功したり、すごく大金持ちになっても、人間関係が良好でなかったら、自分の人生はすごく不幸だと感じるという研究結果があるんですね。

もちろん成功や裕福になることは心地よく感じることは感じるのですが、そんなことよりも良い友だちや良い家族や良い恋人や良い配偶者たちと毎日笑っている方がよっぽど幸せを感じるそうなんです。

そしてその研究結果によると、人間関係を良好にするのって、年をとってからでも遅くないそうなんです。今からでも誰かに連絡をして関係をやり直してもいいし、また新しい関係を作り直しても幸せになれるそうなんです。

人生ってどうやら本当にたった一回ですが、誰かの悪口を言わずに、みんなと笑い合って、楽しく終えたいなあと最近、本当に思うんです。

僕たち死ぬときに、「走馬灯」っていうのを見るらしいじゃないですか。そのとき、「お金」や「成功」は見ないですよね。たぶん、親しい人たちの笑ってる顔をたくさん見るじゃないですか。その笑っている誰かの顔の思い出をもっと増やそうと思いませんか?

*   *   *

林伸次さんによるショートストーリー集『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』には、人間関係や幸せを考えるきっかけになる物語が詰まっています。ぜひご覧ください。

*   *   *

続きは、『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』をご覧ください。

関連書籍

林伸次『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。 noteで大人気!渋谷のバール・ボッサ店主が描く、 思い通りにならない人生を救う極上のショートストーリー集。 片想いしか知らない。一度しか会えなかった。気持ちはいつも届かない――。 誰もが自分だけの世界で一度きりの人生を生きている……15の小さな物語。 まるでバーに入ったような小説。

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

誰かを強く思った気持ちは、あの時たしかに存在したのに、いつか消えてしまう――。燃え上がった関係が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。一年間だけと決めた不倫の恋。女優の卵を好きになった高校時代の届かない恋。学生時代はモテた女性の後悔。何も始まらないまま終わった恋。バーカウンターで語られる、切なさ溢れる恋物語。

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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023年10月4日発売『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』について

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『大人の条件』『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)などがある。

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