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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2024.02.11 公開 ポスト

「他人の人生は決められない」「好きな人の近くにずっといる方法」声が変える小説の世界林伸次

人間関係の繊細な機微と儚い時間を描いた短編集『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』に収録された2編の物語を朗読した動画が幻冬舎plusチャンネルにアップされました。この動画をめぐるいきさつを著者の林伸次さんがご寄稿くださいました。

魔法が生まれる朗読の魅力

僕、若い頃から小説を書いて本にするのがずっと夢で、いろいろ書いてみては挫折してっていうのを繰り返してきたのですが、2021年にやっと念願かなって、1冊目の『恋はいつもなにげなく始まって、なにげなく終わる。』という小説が出せたんですね。その小説を出してから、僕のバーのカウンターで(僕は渋谷でバーテンダーをやっています)、この小説に関して、しょっちゅう質問されることが判明しました。おおまかに分けて三つあります。

 

(1) この話は本当にあった話なんですか?

この『恋はいつもなにげなく始まって、なにげなく終わる。』という小説の舞台はバーで、語り手がバーテンダーなので、これは仕方ないと思いましたが、何十回も質問されました。あるいは、このバリエーションとして、「この主人公は、林さんなんですか?」っていうのもありますし、「この登場人物はモデルがいるんですか?」っていうのもあります。まあでも知りたいですよね。僕も、内田百閒にもし会えたら、「あの話はどこから作り話で、どこから本当なんですか?」ってついつい聞いてしまいそうです。

 

(2) 小説ってどういう風に思いつくんですか?

これは著者によると思うのですが、僕はこういう風に書いています。

●最初に登場人物や設定を考えて、こんな状況で、こんな人たちがいたら、どういう風に世界は進行していくだろう、と自分で想像しながら、それをそのまま描写していくという方法です。これはたぶん、すごく一般的な方法だと思います。

●スタンダードの有名な曲のタイトルを見て、そこから何か思いついた話を書いていくというものでして、これは村上春樹の真似です。例えば、ソニー・ロリンズの「オン・ア・スロー・ボート・トゥ・チャイナ」という曲があるのですが、その曲のタイトルだけを借りて、『中国行きのスロウ・ボート』という小説を書くように、僕も、僕のバーでヒマなときにぼんやりとレコードのタイトルを見ながら、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』っていう小説書けないかなあとか考えて書きます。

●箱の中に、「はさみ」「まんじゅう」「戦争」「ロゼワイン」といった言葉を書いた紙をたくさん入れておいて、そこから三枚抜き取って、その三つの言葉からイメージする小説を書くというものです。これは日本の落語で、お客様からお題をもらって物語を考える「三題噺」というスタイルですが、星新一もそれをやっていたそうで、僕もたまにやっています。

●谷川俊太郎の詩を読むと、なぜかぼんやりとイメージが浮かんできて、勝手に物語になります。僕、他にも好きな詩人はいるのですが、なぜか谷川俊太郎の詩だけが、そういうイメージが浮かんできます。

でも、「どうやって小説の物語を思いつくんですか?」って聞きたくなりますよね。僕も、もし宮沢賢治に会えたら、すぐに聞いてしまうと思います。

 

 (3) 自分で文章を書いた後、朗読してみることってあるんですか?

これも何度か質問されました。そうかあ、そんなことを思うんだなあと感じたのですが、逆にどうして自分は今まで、自分の文章を声に出して読まなかったんだろうって思いなおす、いいきっかけになりました。

先日、1月8日の夜に、僕の『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』という小説を、朗読していただくというイベントを猫町倶楽部もぐら会のコラボで開催していただきました。

まず、これを一番先に言っておきたいのですが、僕が書いた小説を誰かが声にして読んでくれるってすごく嬉しいんだというのが最初の率直な感想です。最初の数人は嬉しくて驚きもあって、涙が出てしまいました。

これ、伝わるかどうかなのですが、僕、この小説って何度も何度も読み直して、一字一句何度も書き直しているんですね。それで「この表現だと良いかも」って決めた、あの言葉を、僕以外の誰かが、声にして読み上げてくれているって、本当に感激するんです。僕今54才なのですが、こんな年齢になって、こんな新しい種類の「嬉しさ」を感じるなんて、全く予想できていませんでした。

声の力にも震えました。僕は原文を書いたわけですが、僕の頭の中では、音にはなっているはずだけど、声ではないんです。僕とは全く違う人が、僕の文章を声にすると、全く世界が変わってしまうんです。

僕、古い50年代や60年代の音楽が好きなので、何か気に入ったスタンダード曲があったら、片っ端から集めて、それらを全部聞くというのを若い頃からよくやってるんですね。『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』もシナトラが歌うのと、渡辺貞夫が吹くのと全然「月の景色」が違うんです。

それは知ってたはずなんですけど、まさか自分の小説、自分の文章で、そんな魔法が生まれるなんて想像もしていなかったので、そうかあ、僕の文章ってそんな別の世界の可能性があったんだって、ここでも感激してしまいました。

その朗読会のときのあやさんとみどりさんのお二人に、僕のバーで朗読していただいたのを動画でアップします。石原みどりさんが台本を書いてくれて、映像の編集もしてくれました。僕も映像の中に映っていますが、ずっと聞き惚れているのがわかるかと思います。僕の文章を誰かが声にして読んでくれるってすごく嬉しいんです。

*   *   *

続きは、『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』をご覧ください。

関連書籍

林伸次『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。 noteで大人気!渋谷のバール・ボッサ店主が描く、 思い通りにならない人生を救う極上のショートストーリー集。 片想いしか知らない。一度しか会えなかった。気持ちはいつも届かない――。 誰もが自分だけの世界で一度きりの人生を生きている……15の小さな物語。 まるでバーに入ったような小説。

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

誰かを強く思った気持ちは、あの時たしかに存在したのに、いつか消えてしまう――。燃え上がった関係が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。一年間だけと決めた不倫の恋。女優の卵を好きになった高校時代の届かない恋。学生時代はモテた女性の後悔。何も始まらないまま終わった恋。バーカウンターで語られる、切なさ溢れる恋物語。

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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023年10月4日発売『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』について

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『大人の条件』『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)などがある。

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