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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2024.08.06 公開 ポスト

#6「新星の名前は、昔好きだった女の子の名前」そのとき涙を流したのは誰?林伸次

「魔法みたい!」と思った経験はありますか? それはもしかして本当に魔法だったのかもしれません。渋谷で30年近くバーを続ける林伸次さんによる短編集『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』より、不思議で切ないお話をお届けします。

身代わりになった女の子

ずっとずっと大昔は、魔法使いの国と人間の国は、はっきりと分かれていました。人間たちが困ったときだけ、魔法使いの国に行って、お願い事をしたり助けてもらったりする関係だったそうです。

しかし、人間が少しずつ知恵をつけて、大きな戦争を繰り返し技術が進み、魔女狩りが行われて、魔法使いの国はなくなってしまいました。

少しだけ残った魔法使いたちは、人間の姿になり、人間の世界で暮らし始めました。ええ、もちろんあなたのそばにも魔法使いたちはたくさん暮らしています。

ときどき、あなたの周りでも、不思議なことが起こるでしょう。こんな場所で出会うはずなんてない人と偶然出会ってしまったり、大きな事故でみんな亡くなってしまったのに、なぜか一人だけ無傷で助かったり。それはみんな魔法使いのしわざです。

でも、魔法使いたちは自分が魔法使いだということは、決して人間には教えません。それを知ると、人間は怯え、また魔女狩りにあってしまうのを知っているからです。

その女の子も、自分が魔法使いだということはずっと隠していました。

学校に遅刻しそうになってもホウキに乗ったりしません。ちゃんと人間のように自分の足を使って走って、ときには遅刻して先生に叱られました。苦手な跳び箱の授業も、魔法を使えば跳べたはずですが、自分の身体で跳んで失敗しました。勉強もそんなに得意じゃなかったので、たまに居残りになることもありましたが、ちゃんと普通の人間の女の子のように行動しました。

そんな魔法使いの女の子があるとき、人間の男の子に恋をしました。

魔法使いの女の子が恋をした相手は、同じクラスの男の子で全然目立たないタイプでしたが、彼がひとつだけ夢中になっているものがありました。

星です。夜空に浮かぶ星が大好きで、週末の夜になると自宅の裏の丘の上で、朝が来るまでずっと天体望遠鏡をのぞいていても飽きないような男の子でした。

「いつか新しい星を見つけて僕の名前をつけるんだ」というのが男の子の口癖でした。

(写真:Unsplash/Rachael Crowe)

魔法使いの女の子はある日、ママの部屋から水晶をこっそりと借りてきて、自分の部屋で、その男の子の未来を占ってみることにしました。

もしかして自分の片思いがいつか両思いになる日が来るんじゃないかと期待したのです。

すると、とんでもないことがわかりました。

三日後の土曜日の夜に男の子が丘の上で星を眺めていると突然、嵐がやってきて、雷がその男の子に落ちるらしいのです。

魔法使いの女の子は、次の日、学校に行くと男の子を教室の外に呼び出して、「一生のお願いがあるの」と言いました。

男の子は「どうしたの? 突然」とびっくりしました。魔法使いの女の子は「三日後の土曜日の夜、いつもの丘の上に星を見に行こうと思ってる?」と聞きました。

「うん。今、ついに新しい星が見つかりそうなんだ。この土曜日はお弁当を持って、朝までずっと新しい星を探すつもりだよ」

「一生のお願いなんだけど、その日だけは行かないでほしいの。金曜日はいいし、日曜日もいいけど、その土曜日だけは行くのをやめてほしいの」と魔法使いの女の子は懇願しました。

「どうして?」と聞く男の子に、「訳は言えないけど、その日だけはやめて」と繰り返しました。

男の子は「うーん」と不機嫌そうな表情をしました。

そして土曜日の夜がやってきました。

男の子は魔法使いの女の子の言葉がずっと気になっていたのですが、夜空を見ると、いてもたってもいられなくなり、ちょっとだけならいいかなと思い、天体望遠鏡を抱え、裏の丘の上へと登っていきました。

いつもの定位置に陣取って、天体望遠鏡を固定すると男の子は魔法使いの女の子の言葉なんてすっかり忘れてしまって、広い広い夜空を見始めました。

数時間が経過し、真夜中の十二時をこえた頃でしょうか。さっきまで星が輝いていた夜空が突然暗くなり、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り始めました。

男の子はそこで真っ直ぐ家に走って帰れば良かったのですが、ただの通り雨だと思ったのでしょう。近くの大木に寄り添ってその雨が過ぎ去るのを待ちました。しかしそれはただの通り雨ではなく、大嵐だったのです。

「おかしいな。まだ雨が降り止まないな」と男の子が思っていると、すぐ近くに「ダーン!」と大きな雷が落ちた音がしました。

男の子はびっくりしましたが、かすり傷ひとつなく無事でした。

そのとき、空から黒こげになったホウキが落ちてきたのです。あたりは真っ暗で大雨が降り続けていたので、男の子は全くそのホウキに気づきませんでした。

その日、夜空に星がひとつ増えました。魔法使いの女の子は雷に打たれて星になったのです。

それから十五年が経過し、男の子は宇宙研究所に籍を置き、ついに新しい星を発見しました。星の名前はなんと、あの魔法使いの女の子の名前でした。

新星発見の記者会見で、新聞記者から「その星の名前はどういう由来なんですか?」と聞かれて、男の子はこう答えました。

「昔、好きな女の子がいたのですが、ある日突然いなくなっちゃったんです。その後すごく探したのですが、見つからなくて。それでいつか新しい星を見つけたとき、その女の子の名前を付けると、どこかでその子が、僕がついに新しい星を見つけたんだ、って気づいてくれるかなって思って」

その日、夜空のある星が少しだけ涙を流しました。

*   *   *

続きは、『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』をご覧ください。

関連書籍

林伸次『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。 noteで大人気!渋谷のバール・ボッサ店主が描く、 思い通りにならない人生を救う極上のショートストーリー集。 片想いしか知らない。一度しか会えなかった。気持ちはいつも届かない――。 誰もが自分だけの世界で一度きりの人生を生きている……15の小さな物語。 まるでバーに入ったような小説。

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

誰かを強く思った気持ちは、あの時たしかに存在したのに、いつか消えてしまう――。燃え上がった関係が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。一年間だけと決めた不倫の恋。女優の卵を好きになった高校時代の届かない恋。学生時代はモテた女性の後悔。何も始まらないまま終わった恋。バーカウンターで語られる、切なさ溢れる恋物語。

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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023年10月4日発売『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』について

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『大人の条件』『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)などがある。

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