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歌舞伎町で待っている君を

2024.08.14 公開 ポスト

「ホストはダボダボスーツを着ないのか?」下町ホストが知らない時代の移り変わりSHUN

下町ホストクラブの休日に同僚とやってきた新宿歌舞伎町。目的はナンパ。はじめて入るクラブ。知らない世界、性癖、時代。

2017年ごろのSHUN
 

下町ホスト #15

平日にも関わらずそれなりに盛り上がっているクラブでじんわりと時間の感覚が無くなり、肉体から、ひたすら水分が抜ける

渇いた喉をありきたりな酒で濡らして、私は眼鏡ギャルの要求を飲む

先程より鋭い瞳をしている眼鏡ギャルは小麦色の腕を私に絡み付けてクラブの浅瀬へ誘導する

メインフロアを突っ切って歩き、その片隅のあまり照明の当たらない薄暗い場所へ辿り着くと、両手の届く位置を歩いていた眼鏡ギャルは立ち止まり、ここがプレイの位置だと暗に示すように音楽に合わせて踊り出した

私は不器用な足で更に近づき、眼鏡ギャルの背中に貧相な胸板を当てる

それを皮切りに、長く整えられた爪を器用に丸め、ゆっくりと私の人差し指を持ち、薄く千切れそうな生地の裏側に案内する

クラブ内を駆け巡る音楽とかけ離れた遅いテンポで眼鏡ギャルの汗ばんだ皮膚に円を描くように短い爪を立てた

低音で乱れてゆく息はすぐ掻き消され、もっと強く触れという意思が私の中指までも掴む

私の手はその力に逆らうことなく流されるままギャルの身体の上を滑る

眼鏡ギャルは私の膨張していない生殖器を掴み、私の顔を睨みつけてから耳元で大声を出す

あんた今度は勃たないんだ 四つん這いになってよ

私は言われるがまま膝を折り、ゆっくりと指示された通りの姿勢に切り替えた

私の背中のちょうど真ん中あたりに体重をかけて座った眼鏡ギャルは、大きくため息をついてから煙草に火をつけた

灰が落ちないように器用に指先を使って煙草を吸い、その長さが限界を迎えたところで立ち上り、ポトンと灰を落としてから、小麦色の小さな背中はあのカウンターの方角へ向かっていった

私は落とされた煙草の灰を見つめながら半身だけ起き上がる

腹奥から満足感を湿らせた空気が蒸せ上がり、簡易な咳に変換し、煙草に火をつけた

あっという間に短くなった煙草を右手の親指と中指の間に挟み、先ほどまでの私が四つん這いをしていた位置にデコピンをする要領で吸い殻を叩きつける

紐をきつく縛っているスニーカーの裏側で踏みつけて火種を消してから、私も先ほどのカウンターへ戻った

眼鏡ギャルは私に気付いて、平常な表情を作ったように見えた

なんでそんなあたしの言いなりになるの?

 だってそういう約束でしょ?

四つん這いは流石に怒っていいでしょ?

 いや、別にいいかな

そう

 よくわかんないやつだな あんたは

まあいいや 約束通りお店いってあげるよ 金づるとしてねー 

 ありがとう 待ってる

眼鏡ギャルのビカビカした携帯電話から発せられた赤外線を読み取り、連絡先を登録した

最後にまた体に悪そうな色をしたカクテルで乾杯をして、眼鏡ギャルは肉体が集まる沖の方へ消えていった

私は忘れかけていたパラパラ男に、色々と終わったことをメールした

眼鏡ギャルも白ニット帽も見えなくなったクラブは少しずつ冷たい空間に変わってゆき居心地が悪くなった

バーカウンターの中にいた目つきだけはさほど悪くない怖そうな人にお礼を言ってから、私は新宿のクラブを後にした

自分がどこにいるのか全くわかっていないまま人に流されるように歩く

腐るほどのネオンが無数に光り、蝶や小蝿のように群がり何処かへ消えてゆく

幾つもあるホストクラブの看板は、下町のものとは違い、誰もダボダボのスーツを羽織ってはいなかった

私の目の前にいる、お客を連れたホストらしき人は顔の何倍も大きくセットした髪の毛を気にしながら会話をせずに歩いている

やはりダボダボのスーツは着ていない

あまりの人の多さに疲れた私は午前だか午後だかわからない名前のコンビニに入って、暫し休憩をする

入り口付近に平置きしてあるホスト専門雑誌なるものを初めて目にした

愉快な表紙の雑誌に掲載されているホストは、やはり誰もダボダボのスーツを着ていない

ページを捲るごとに確信に変わってゆく

しかし、レジェンドホスト対談という大きな企画のページに立つ、メイチダイ顔のホストは凛々しくダボダボのスーツを着こなしている

激しい時代の移り変わりの渦中の隅っこに私はいた

一通り読み終えて、携帯電話を見るとパラパラ男からメールが来ていた

電話で今いる場所を告げ、迎えに来てもらう

こうして私は新宿の夜を終え、高揚する心臓を抱えながら性癖の幅に触れた指で切符を買い、下町へ戻った

 

黄昏の欲望臭い浴槽に舌先を入れしんなり舐める

 

シケモクに小さな火種を灯した肺活量で語る幸福

 

薄暗いぬるい空気を吸い込んでおととい知った言葉を吐いた

 

昨日の熱った嘘に塩を振りさっさと食べた箸はいらない

 

毛羽立った白い歯ブラシを甘くする残り僅かなシトラスミント

(写真:SHUN)

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

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