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礼はいらないよ

2024.08.28 公開 ポスト

長崎平和式典欠席とヒップホップ精神が盛り上げる大統領選 「8/9と8/11」のアメリカへ複雑な思いダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

(写真:Unsplash/Brandon Day)

二重基準は欧米だけではない、日本もだ

 

僕はラッパーだ。ヒップホップは去年生誕50年を迎えた。

1973年8月11日、ニューヨークはブロンクスでクール・ハークが妹のために開いたパーティーがその起源とされている。黒人の若者を中心に広がったヒップホップは今や世界中に展開しているが、紛れもなくアメリカ発の、黒人コミュニティー発の文化である。だから僕の人生はアメリカに大きく影響を受けていると言える。そのアメリカでは今年、大統領選挙がある。

現職のバイデン氏に対して元職のトランプ氏が優勢と伝えられている中で、トランプ氏を狙った銃撃事件が起きる。シークレットサービスに抱き抱えられ、耳から流血しながらも拳を突き上げるトランプ氏の写真はその時点では決定的に思えた。ピューリッツァー賞を取るんじゃないか? とまで言われていた。

ところがその後、バイデン氏が選挙からの撤退を表明、副大統領のカマラ・ハリス氏が新たな候補に名乗りを挙げると状況は一変した。銃撃からわずか1ヶ月でトランプ氏の写真のイメージはネットから消失し、今度はハリス氏を巡る熱狂が多く伝えられるようになる。なんという速さだろう。民主党大会でのミシェル・オバマの演説は確かに素晴らしく、選挙の行方は一気に予想できなくなっている。

ただ、その民主党大会が行われたシカゴのストリートには親パレスチナ団体のデモも同時に集まっていた。バイデン政権の対イスラエル政策、ネタニヤフ首相との親密さには民主党支持者からも批判が高まっている。バイデン氏の個人的な親イスラエルスタンスは広く知られているので、ハリス氏になら声が届くかもという期待もあるのだろう。

だが、果たしてそうだろうか? パレスチナを巡る欧米の二重基準は以前から指摘してきたが、日本においてはどこか他人事のような議論になっていたと思う。どれだけ欧米が人権や自由を掲げていても、それはパレスチナ人には適用されず、イスラエルが徹底して擁護される様に対してもホロコーストへの反省という欧州の負の歴史が背景として語られる。日本とは遠い話だと感じる人もいたかもしれない。

それが今年の8月9日、日本はその二重基準が自分たちにも適用されるのを知ったはずだ。

8月6日の広島の平和式典にイスラエルが招待された。ロシアとベラルーシをウクライナ侵攻以降は招待していない中での決定は賛否を呼んだ。個人的にはロシアとベラルーシこそ呼んで自分たちが核兵器を脅迫として使う前提にはどんな被害が存在するのかをぜひ知ってほしいとは思うが、この2カ国を呼ばずにイスラエルを招待することもまた整合性がないと思う。いや、欧米基準で見れば全く問題はないのだろう。

それが如実に現れたのが8月9日だ。長崎市はイスラエルを招待しない決定をした。すると米国をはじめとしたG7各国の大使は揃って抗議する意味で欠席したのだ。何よりも驚くのはアメリカ大使の欠席だ。原爆を投下した当事国であり、もし一国のみ参加するならアメリカの代表だけでも浦上天主堂の空を見ながら平和という言葉の意味を考えるべきだ。僕はXにアメリカ参列は義務だと思うと投稿したが、これは倫理的義務という意味だ。

だがアメリカ大使はイスラエルを支持と引き換えに原爆の犠牲に向き合う機会すら作らなかったのだ。これは欧米のパレスチナへの二重基準が日本にも当てはめられた決定的な出来事だと僕は思うが、しかし日本社会にそのような反応はどれだけあったか? 沖縄での米兵による性的暴行事件が隠蔽され、原爆の平和式典にすら現れない国が、果たして有事の際に自国の兵を犠牲にしてまで日本を守るなんてことがあるだろうか? 

そもそも日米安保第5条には「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」と書いてある。つまり米議会に諮るという話だが、その先に日本への配慮があると何故考えられるのか? これがアメリカだ。

僕はパリ生まれ、ロンドン育ちなのでそもそもアメリカ的価値観で育ったわけではない。だが、後天的に浴びたヒップホップの洗礼により自分で主張すること、自分の存在を声にすることの大切さを学んだつもりだ。そしてヒップホップという文化には深い感謝と愛情もある。

そんなヒップホップを世界的ポップカルチャーへとブーストさせたアメリカのエンタメ精神が盛り上げる大統領選挙を、都知事選では候補の討論すら実現できなかった日本のテレビメディアは嬉々として報じ続ける。

8月8日と8月11日を通過しながら、僕はとても複雑な気持ちになってしまう。

ハロー民主主義、確かそっちから来たんだよな? 

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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