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歌舞伎町で待っている君を

2024.08.29 公開 ポスト

歌舞伎町から下町に戻ると「電話をくれる君」と「メールをくれる君」SHUN

(写真:Smappa! Group)

下町ホスト#16

 

新宿から離れてゆく景色が慣れ親しんだ街並みに変わる頃には、真っ赤だった顔は青白くなった

冷たい風を切り裂きながら、寂れた商店街を抜け、実家の扉を開く

いつもなら祖母が座っている場所に、父親が足を組んで座っていた

長い髪の毛を一房に束ねて、疎に白色が混じる短い髭が口の周りを覆っている

飴色の眼鏡からじっくりと私を覗き込み、季節外れに日焼けしたごつい筋肉を動かしながら、灰皿などない家で煙草に火を付ける

お前、ホストやってんだってな?

半端にやんなよ 真面目にやれ真面目に

にやりと威圧的な音量が響く

 何しに来たの?

お前に用はねーよ もう帰るからよ

その言葉だけ聞いて私はリビングに戻る

胸糞悪い味のする先ほどの空気を腹奥に仕舞ってきっと浅いであろう眠りについた

チャリンとベルを鳴らす君からの着信音で目を覚ます

寝てた?もう準備しないとだよ

 え?そんな時間?

こないだは楽しかった

 俺も

しゅんくんの声聞けて良かった

 いや、俺こそだよ

昨日は何してたの?

 えー、

なになに?

 歌舞伎町行ってた

へーそうなんだ誰と?

 最後にヘルプついてたパラパラ男

へーナンパしてたの?

 えー、売れるために、一応

へー知りたくないけど知りたいな

 まあ今度話すよ

歌舞伎町かぁ、懐かしい 久々に行きたいな

 え?

また今度話してあげる

 今話してよ

やだよーまたね

スパッと通話が切れて、私は身支度を始め、私の幸福を知りたがる量産型のママチャリに跨ってホストクラブへ向かう

店の半開きの扉から薄っすらとBGMが漏れている

勢いよく開けて、まだ誰の香りも付着していない店内の空気を吸う

店内の掃除はほぼ終わっていて、スキンヘッドとパラパラ男が何やら話している

満面の笑みを浮かべたパラパラ男はスキンヘッドとの会話終えた後、買い物リストを片手に私に近寄る

さっさと掃除終わらせておきやしたから、買い物行って駅前でキャッチしましょー

言われるがままパラパラ男と行動を共にすることにする

前回と同じスーパーをまわり前回より少し少ない荷物を手に持って、さっさとスキンヘッドに手渡した

パラパラ男が早く出勤し、掃除を終わらせたせいかスキンヘッドのホストクラブ料理講習は開催されず、そのまま店を出ることが許可された

しかしスキンヘッドの許可だけでは、不安な私は店長に許可をもらいに、キャッシャーへ向かった

回転椅子を揺らしてぼうっと携帯電話を見つめていた店長は、私が軽く会釈してから店を出ることを伝えると、一瞬だけ目線をあげ、かろうじてわかる程度にだけ頷いて、すぐまた視線を携帯画面に戻した

そのまま小走りで、私とパラパラ男は店を後にする

暗くなって間もない駅前はまだ人通りが少なく、特にやることがなかった

パラパラ男は携帯で女性らしき名前を見つけては、メールを打ち、反応が良さそうならば電話をかけている

私は携帯電話に登録されている二つの名前を行ったり来たりしてただ指から出る脂を携帯に擦り付けていた

暫くして、黒いセルシオが通りかかり、ゆっくり窓が開く

美しい青年がまだ眠たそうな瞼を擦りながら欠伸のついでに言葉を発する

えらいなぁ お前たち

この辺、キャッチ難しいからあっちの駅行ったほうがいいよ

乗っけてってやるよ

 ありがとうございます

パラパラ男と黒いセルシオに乗り込んでココナッツの香りを吸い込んだ

お前ら、昨日歌舞伎町行ったんだって?

 はい クラブでナンパしました

そうか

 はい

どうだった?歌舞伎町

 ホストのイメージが変わりました

そうか

 はい

どう変わったの?

 髪型とかスーツが違いました

そうか

 ホストの雑誌を見ました

そうか

美しい青年はそれ以上聞かず、まだ眠たそうな瞼を擦り、やたら大きな排気音で黒いセルシオを目当ての駅前まで走らせた

目的地で私達を降ろした黒いセルシオは、軽く手を振る青年を乗せ、より暗い路地の方へ走って消えた

その駅は人通りが多く、よく観察してみると、暇そうに地面に座ってる人や怖そうな客引きが無数に点在している

パラパラ男は次々と声をかけ始め、見向きもされない時間を終えて、ボケッとしている私の元へ戻ってきた

シュンくんどうっすか?!

 うん、まあダメだな

一歩を踏み出す気がない私は、煙草に火をつけて調子の良い嘘と共に吐き出した

 そろそろ戻らない? やばくない時間?

そうっすね 最後あの子だけいいすかね?ほらピンク色の子っす

 わかった 待ってるよ 

うっす

パラパラ男が勢いよく歩き出し、ピンク色のコートを纏ってつぶ貝の殻のように髪を巻いている子に慎重に話しかけるのを目で追っていると、少しずつ話が弾み出すのが遠目にもわかった

私が煙草を三本消費した頃、つぶ貝ピンクと一緒に戻ってきた

 店来てくれるんすよー初回ですけど

あっ、そうなんだ

 三人で戻りましょー 車拾いましょー

私はタクシーの助手席に座り、つぶ貝ピンクとパラパラ男のハイスピードでジャンクな会話を聞きながら、店へ戻る

タクシーのメーターが無慈悲に上がり始めた頃、携帯を開くと、眼鏡ギャルから一通のメールが届いていた

今日出勤してる?

誰にも気づかれないほど小さなガッツポーツをしてから、やはり誰にも気づかれずにもちろんと返信したのち、後部座席で繰り広げられているジャンクな会話に私もちゃっかり参加した

 

ゆるゆると五条の橋を渡らずに胡座をかいて蜘蛛の巣払う

 

夕暮れに姿を消した親戚の耳朶に似た小ぶりの帆立

 

心臓の右に座った君にただ怒られている、飛沫うつくし

 

勇敢な君の隙間に突き刺して確認をする人間なのか

 

喉奥に濁音詰めて帰宅する雨漏りしてる実家の小部屋

(写真:SHUN)

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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