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礼はいらないよ

2024.10.01 公開 ポスト

「日本が誇るサッカーレジェンドは誰?」「三浦知良」インドネシア人との会話に思わず涙したバリ島の音楽フェスティバルダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

タクシー運転手さんもいろいろ

 

バリ島に来ている。

インドネシアの島のひとつでとても有名な観光地でもある。先日、ある記事にオーバーツーリズムが社会問題化していると書かれていた。羽田発深夜2時の便に乗り、ホーチミン経由で到着。トランジット合わせて15時間近くかかった。

目的はAXEAN Festival2024への参加。音楽業界の代表の1人として行くことになった。

AXEANは東南アジア地域全体のショーケースフェスティバルである。ショーケースフェスティバルとは、音楽の見本市と考えれば良いだろう。さまざまな国のアーティストがそれぞれにライブを披露する。それを各地のフェス主催者やレコードレーベル関係者、メディア関係者などが見る。アーティストは自分が出場したいフェスなどに自分たちを売り込み、逆にフェス関係者らは自分のテイストに合うアーティストを探す。上手く行けばウィン・ウィンの関係だ。

ちなみに僕も今までいくつかにバンドとして出演していて、韓国のZANDARIフェスでは中国のMIDIフェス(コロナで中止)、沖縄のMusic LaneではモンゴルのPlaytime Festivalへの出演を決めている。

僕はフェス主催者ではないので、今回は国立民族学博物館の客員教授として携わっている辺境ヒップホップ研究の、個人的調査として参加している。AXEAN側もそういう視点でアーティストを見て欲しいと言ってくれたが、本来のイベントの趣旨からは若干外れた立場だ。もっとも僕としてはアーティストライブのみならず、106人集まる関係者との交流も楽しみにしていた。

空港は電子化が進んでいて事前にオンライン登録したVISA、健康チェック、税関申請を読み込みながら電子ゲートをスイスイと進めた。外に出るとたくさんのおじさんが群がってくる。タクシーだ。実は東南アジアではGrabという配車アプリが便利で、カンボジアに行った際に登録してたのだが忘れていた。1人のおじさんに着いていく。クレジットカードで支払いたいと伝えるとOK!と返事。宿に向かって車が出発する。

しかし、車は街に出ると突然駐車場に入っていく。まだ着いてないぞ、とキョトンとしてるとおじさんが車を降りて着いてこいという。おっと、不穏な展開だ。ただどうなるか見てみようと着いていくことにする。おじさんは道を渡ると両替所に入っていった。

なんで? こちらも入る。すると両替所の兄さんが電卓カタカタ打って数字を見せてくる。47万…なんかすごい。なんだ?両替しとけという話か?と5000円札を出すと違う違う!と手を振られ、クレジットカードリーダーを差し出される。どうやらタクシー代を両替所で払わせようとしているみたいだ。クレジットカード使えるって言わないよ、このやり方!

呆れた顔をしてるとおじさんがソーリーソーリーと言ってから、私は犯罪者ではありません!と何故か胸を張られた。とんでもない数字だったのは通貨ルピーがインフレで凄いことになっているからだ。

イベントではカンボジアやインドネシアのラッパーの良いショーや雲南省のレゲエバンドの素晴らしいパフォーマンスを堪能し、さまざまな国の人とたくさん会話を楽しんだ。

その中でインドネシア人でマッカサール出身のDidiと話していた時、サッカーの話になった。今回のワールドカップ予選、日本とインドネシアは同じグループだ。彼は日本のサッカーにも詳しく、僕より選手を知っていた。そしてこんな事を聞かれた。

「日本が誇るレジェンドは誰なの?」

僕は咄嗟に三浦知良の名前を出した。彼はもちろん知っていて、未だに現役なんでしょ!すごいよね!と言う。僕はカズが実はワールドカップに行けてないと言うと彼は不思議な顔をした。

でも、彼がレジェンドなのには理由があるんだと僕は続ける。311のチャリティーマッチだ。東日本大震災の被災者のためのチャリティーマッチが日本代表とJリーグ代表で行われた。日本中の気分が沈んでいたあの時、あのタイミングの試合で三浦知良はゴールを決めたんだ!

そう僕が言葉にして口に出した瞬間に、震災の時の福島の、仙台の友達の顔や閖上神社の桜の木のイメージが一気に押し寄せてきた。そして不覚にも会ったばかりのDidiの前で涙を流してしまったのだ。自分でもとても不思議だった。Didiはそんな僕を見て優しそうに微笑んで、すごく良い話をありがとうと言ってくれた。

帰りのタクシーはGrabだ。運転手は僕が日本人だとわかると話しかけてくる。アニメが好きなんです!ワンピース、鬼滅、呪術…とズラズラと並べる。鬼滅はいよいよ鬼舞辻無惨編だねと言うと、インフィニティキャッスル!と興奮気味に答える。

その後で一つ質問して良いですか?と聞かれた。

「GPモルガンの来年度の予想が発表したされてかなり景気が悪くなりそうです。戦争などの要因もあるし、ご意見を聞かせてください!」

行きのタクシーとえらい違いだ!そこから日本の食料自給率やエネルギー自給率、インドネシアの新しい大統領の話へと展開した。空港で降りる時に日本に来られると良いね!と言うとニコニコしながら楽しみにしています!と言う。

そんなバリ滞在。7時間あるトランジットの空き時間で書いています。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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