下町ホスト #19
ずらりと並べられたヴーヴの瓶は汗をかき終えてぬるく佇む
何度か嘔吐したことがうかがえるパラパラ男の胃と肝臓は遂に限界を迎えようとしているようだった
饒舌なトークはキレを無くし、ただただ空回りする舌は意味を成さない濁音を放つ
そして予想通り限界を迎えた彼は、メガネギャルが座る真横のソファに倒れてそのまま深い眠りにおちた
眼鏡ギャルはトントンとパラパラ男の頭を叩いて称賛し、新たにマリブコークを注文した
私はぬるくなったヴーヴをボトルごと持ち上げてものすごく遅いスピードで口に運ぶ
ホストがよくやる、いわゆるシャンパンの炭酸を抜こうとする態度はメガネギャルを酷く苛立たせるようなので、なるべくボトルを動かさず、泡を無駄にしないよう大切に扱った
特に盛り上がる会話は無く、ラストオーダーの時間が無慈悲にやってくる
すっかりテンションの下がった眼鏡ギャルはそれ以上ヴーヴをオーダーすることはなく、寝そべっているパラパラ男をつんつんとストローで時折、突いている
そんな状態の私に勝利の香りを嗅がせる間も無く、美しい青年は、各卓で高額のワインやシャンパンを一斉にオーダーし、そのままラストソングを攫っていった
関西に生まれた二人組のアイドルが歌った愛したいし走り続けたいしあの風は青いし胸に穴が空いているし、といった歌詞は美しい青年の暗い音階を介してずっと胸からすり抜け、手拍子にかき消されることなく完璧に隣の誰かの心を揺すったようだった
美しい青年はさっさと自分の席を周り手際よく退店を促してゆく
最後に、私の席と向かいの、例の男性客たちの席を残して、店内は二組だけとなった
照明が明るくなった店内で、向かいの席を見ると韓国クラブのキャスト達が、この後どうするか? 瞳をキラキラさせながら尋ねている
美しい青年は、女性陣の中のボス的存在であろう人とアイコンタクトをとりながら、話をまとめてゆく
ある程度、まとまったところで、美しい青年は私の近くまでやってきて耳打ちをした
もしこっちのアフター来れそうだったら、電話して、無理はしなくていいから、ごめん
私に返事をする間を与えず、そう言い残して、あの席へ戻り私の席より先に帰ってしまった
うとうとしていた眼鏡ギャルはゆっくりと目ん玉をひん剥き、マリブコークを一気飲んでから、残り飲めよこらああと私に怒りをぶちまけた
残り二本となったぬるいヴーヴをあいも変わらず瓶ごと持ち上げ、先程までコルクがあった所に口をつけて、一気に体内へ流し込む
喉を開けるんだよと遠くで誰かが言ったが、全く意味のわからない私は、とにかく刻んで飲み上げてゆく
パラパラ男も悪夢から覚め、天使のような瞬きをしながら、そのままヴーヴを飲んでゆくが、一向に減る兆しは見えない
そこにコツンコツンと金髪リーゼントがやってきて、私とパラパラ男のボトルを取り上げ、氷が満タンに入っているアイスペールに半分ずつ入れ、フロアに膝をつけ眼鏡ギャルに乾杯をした
眼鏡ギャルのテンションは次第に上がり、豪快な乾杯をしたあと、金髪リーゼントと話し込んでいる
その隙に、私とパラパラ男はヴーヴを飲み切った
店長がゆっくりと会計を持ってきて、眼鏡ギャルは綺麗なピン札を、きっと三人で大貧民をしたら、私の目の前に積まれるであろう枚数をきっちり支払った
さー飲み行くぞー
眼鏡ギャルは怒号を飛ばし、金髪リーゼント行きつけのバーに行こうとせがんでいる
良く聞くと行きつけのバーというより系列のバーみたいだ
再度ソファに倒れて眠ったパラパラ男を横目に、アフターへ向かった
系列店の場所は、私がホストを始めた初日にチャリンとベルを鳴らす君が声をかけてくれたビルの上にあった
歓迎する気のないエレベーターは、奥底に隠れていて、金髪リーゼントに言われた通り七階を押した
とても遅いエレベーターが起動し、ゆっくりと上昇してゆく
ピチピチと陸など知りたくない鮮魚のように急にはしゃぎだした眼鏡ギャルの吐息が近くなる
私の首筋が湿り気を帯びた頃、七階に到着した
割と広いフロアにいつくかお店が入っているが、殆どが営業しておらず、一番奥の左側にそのバーはあった
使い古された量産型の扉を片手で開けて中へ入る
いらっしゃいませー
聞いてるよシュンだろ
よろしくな
あと、あいついるからな
え?あいつ?
No.1
ここにいるんですか
聞いてないの?
はい
金髪リーゼントの思惑通りに私は動いたみたいだ
それほど広くはない店内を季節外れのアロハシャツを着た人間に案内され、カウンターの一番隅っこに座った
やや離れたボックス席で、美しい青年が静かにアフターをしていた
少しずつワクワクしてきた私は、眼鏡ギャルと同じマリブコークを注文した
酒くさい暗褐色に光る目で摂氏百度の鍋底のぞく
電源を入れて動いた自転車のエコバッグから逃げる長葱
眼球の裏側にある白色が焼けた頃には着替えをすます
まだ若いラフランスに刺す幸福は花火のような奇声に変わる
手のひらにねっとり咲いた秋桜に小さな声で別れを告げた
***
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歌舞伎町で待っている君を
歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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