下町ホスト#20
アフターに来たこのバーは、長いカウンターとボックス席が三つあり、深夜にも関わらずそれなりに混雑している
客層は様々で、明らかに夜の匂いが強い席や、この時間が似合わない和やかな雰囲気の席が混在している
眼鏡ギャルと私は周りの混雑から少し離れたカウンターの端っこに案内されて並んで座った
煙草の焦げ跡が幾つか薄っすら透ける赤色のカウンターに、この店の掠れたロゴが入ったコースターが二つ置かれ、その上に先ほど注文した水滴が迸るマリブコークが置かれる
左側の天井に吊るされているモニターは、カラオケの待機中を表す動画が流れていて、誰も歌う気配はない
重めに歪んでいるギターのリフレインは、この店のスピーカーでは再現できず、音圧が弱いBGMとして誰からも興味を向けられることなく、人の声で簡単に掻き消されている
眼鏡ギャルは、マリブコークを半分ほど飲んでから、後から差し出された消毒液臭いおしぼりで丁寧に水滴を拭いてから、しゃっきりと話し出した
ラストソングまでいくら足りなかったの?
わからない
おい!ちゃんとしろよ!
ごめん
歌いたかった?
もちろん
なんで?
初めてだもん
何がはじめてなの?
人に勝とうとしたこと
そんな負けだらけなの?あんた
勝負をあんまり気にしていなかったのかも
へーきもいね
勝てたら何してくれる?
なんでも
言ったなこいつめ
眼鏡ギャルは、煙草を小さな黒いバックから取り出し、ゆっくり咥えてから火をつけて、霞んだリップを更に薄めてゆく
微かな赤い色が移った煙草の吸い口が灰皿に捨てられた頃、金髪リーゼントがやってきた
先ほどよりもどことなく優しい顔つきで、眼鏡ギャルの隣に座りカウンターの椅子を左へ少し近づける
金色のリーゼントを揺らし、カウンターに肘を付着させながら真剣な顔でどうでも良さそうな話を始めると、眼鏡ギャルは先ほどのホストクラブ同様、話に引き込まれてゆき、体の向きがだんだん金髪リーゼントの方向へ向かっていった
この店の店長らしき騒がしい人間も会話に加わり、酒の量が増え、一段と会話は盛りがってゆく
しかし私は会話についてゆけず、小ぶりの牡蠣のように簡単に殻から外れ、ぽとんと一人、磯臭い時間を過ごしていると金髪リーゼントは不自然なウインクをして、美しい青年のいる席をチラッと見た
私は会話の隙間を潜り、眼鏡ギャルに美しい青年の席に挨拶してくる旨を伝え、高鳴る心臓を押さえながら、この場所から真逆にあるボックス席へ向かった
美しい青年は、静かに煙草を吸いながら少し酔った表情で私の顔を見る
シュンさあ、酔ってる?
いや、そんな酔ってないです
そっか
入ったばっかなのに、やるなお前
ありがとうございます
でもこれからだな、ホストは
強いホストになれよ
はい
美しい青年の隣にいる女性は、先ほどホストクラブにいた女性ではなく、白い肌を適度に露出させながら、ずっと携帯電話を弄っている
美しい青年は、飲みかけのグラスを飲み干して、スタッフにぎりぎり聞き取れるくらいの声量で、私の分の酒も注文した
そのタイミングで、白い女性は、静かに席を立ち、何か美しい青年に耳打ちしてから、甲高いヒールの音を出口の方へ響かせる
酒がくるまで美しい青年は口を開かず、沈黙を楽しむように、煙草を消しては、また金色の甲高い音が鳴るライターで火をつけた
かなりアルコール度数が強そうな酒がやってきて、力の入れ具合を間違え、衝突のような乾杯になった
そのお酒は、レシピが間違っているようなとても不快な味がした
一口飲んでから、互いにコースターなどないテーブルに置く
美しい青年はようやく笑顔をみせて、一言、まずいだろと口を開いた
これさ、歌舞伎町いたとき、よく飲んでたんだよ
え、
むしゃくしゃした時とかさ、これ飲んで、気合い入れてたんだ
、、、
もう隠しきれないと思うから、シュンには話しとこうと思ってさ
俺の歌舞伎町でのこと
あんま面白い話じゃねーけどな
そう言って白い歯を覗かせて、余白が多い煙草の火を消した
短針と長針ほどの関係で金の行方を尋ねた晴れ間
造花みたいな人だから朝方にだらだら燃やしさっさと捨てる
新宿の風で溶けたる北国の紫雲丹はやっぱり腐る
鮮血を洗い流した指先でじんわり知った誰かの痛み
不揃いの今日を抱えてゆっくりと眠れないならこっちへおいで
***
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歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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