下町ホスト#22
眼鏡ギャルは電車に乗り込むと、たまたま空いた角の席に座り、ぐしゃぐしゃにコードが絡まった白いイヤホンを取り出した
突起した金属の方から丁寧に解いてゆく
どうしてそうなったのか、固く複雑に結ばれた箇所がところどころあり、それをネイルの先端を使って器用に緩めた
目的の駅の名前がアナウンスされたので、中途半端に解けたイヤホンをバックに仕舞い、電車から降りる
やけに寒いホームを体を丸める事なくスタスタと歩き、薄汚い階段を上がって乗り継ぎのホームへ向かった
眼鏡ギャルは行き交う人々が自分に示す反応を興味深く伺うように通路の中央を歩いた
誰とも目が合うことなく目当てのホームに着くと、5分後の到着と表示された電車を待つ
電車を待つ間、口の開いたバッグから携帯を取り出して溜まったメールを1件ずつ確認していく
様々な変態からの連絡にざっと目を通した後、センターにメールの問い合わせをかける
問い合わせの甲斐なく、最新のメールは先ほどチェックした一際気色の悪い変態からのものだった
静かに携帯電話を折りたたんで、行末のわかっている線路の先を見る
電車の入ってくる時にふく生ぬるい風が大袈裟に皮膚を刺激する
ようやくやってきた電車に乗り込むと、がらがらに空いた車両の隅っこの席に座った
先ほどまで解きかけたイヤホンコードをまた取り出し、再び丁寧に解いてゆく
丁度、コードが二股に分かれている箇所で、自宅最寄りの駅がアナウンスされる
軽く舌打ちしてから、まだ絡まったままのイヤホンを仕舞い、立ち上がった
人寂しい駅に別れを告げ、自宅まで歩く
細長い煙草を取り出しライターの火をつけた
冷たい風がそっと吹き、あっさり火は消える
風上の方に背を向け、煙草を隠すような前屈みの姿勢で再度小さな火をつけた
フィルターをくわえて息を吸い込み、先端に火を灯す
そのまま白い息と共に煙を眩い青空へ吐き出した
耳がじんわり冷えて痛くなる、まだかろうじて頬っぺたは暖かい
誰もまわりにいないことを確認してから、鼻歌を歌い、簡単なスキップをする
何かを思い出したように、もう一度、携帯電話を開き、センターへメールの問い合わせをする
やはり誰からも連絡はない
短くなった煙草を思い切り吸うと、吸い殻を指で弾いて雲ひとつない青空に放った
眼鏡ギャルは、自宅のマンションに到着し、郵便受けをチェックする
まだ酒に浸っている曖昧な判断で不要なものを横のゴミ箱へ捨て、ずっしりした書物が入っていそうな封筒だけ脇に抱えた
そのままこじんまりとしたエレベーターに乗り込み、下の方に表示される数字を押して自分の部屋のある階に向かう
二つある鍵穴の上を開錠し、金属音を引き連れた扉を開く
玄関に入ると薄れかけたココナッツが鼻を擽る
今度は、上下両方の鍵を閉めて、更にチェーンをかけた
眼鏡ギャルは丁寧に靴脱いで、シューズボックスに仕舞う
雑に置いてある量産型のスリッパに冷えた足を入れる
1LDKと言えば聞こえはいいが、実際はちょっと広めのワンルームにポツンと配置されているソファに一度、腰をかけて荷物を置く
ソファの隆起した部分にいつも置いているリモコンでテレビを起動させ、音声を消す
光を遮断するカーテンは開けずに、薄暗いままの部屋でテーブルの上に置いた量販店の寝巻きに着替える
簡易的な冷蔵庫には、水道水で作った麦茶と数本の水が入っている
ラベルの無い飲みかけだった水を一本取って、一気に飲み干す
ほとんど使っていないキッチンで、メールの問い合わせを再度する
誰からも連絡はない
ゆっくりと洗面所へ向かい、太めのゴムでわりと綺麗に保っている金色の長い髪を纏めてから簡単に化粧を落とした
浴室で乾かしていたまだ半乾きのバスタオルで顔を拭いて、愛用している清潔な香りのする化粧水を大量に顔に塗る
孤独な色をしているソファに先ほどよりも深く腰をかけ、解きかけのイヤホンコードを取り出して、続きを始めた
二股に分かれている箇所以降はスムーズに解け、イヤホンコードは本来の姿を取り戻す
目の前にある円形のテーブルにイヤホンコードを置いて、携帯電話と封筒から取り出した雑誌を持ち、丁寧に整備されているベットへ向かう
スリッパを脱いで、なるべく光の当たらない隅っこに横たわる
新宿を中心にホストの情報が絶え間なく掲載されている雑誌を見ながら、あいつにメールを打つ
「歌舞伎町いこーぜ おやすみ」
『眠れず眠らず』
愛するということを勘違いして傘をささない酔った人間
ノイジーな産地のやつが食っている色とりどりの若い制服
寿司屋にも冬は来るらし名を変えた平たい君の臓器がぬくい
露の身を浸し続けた菊酒を一気に飲んでまぶたをとじる
陽光が届くことなく陽は沈み死んだ羊を数えておりぬ
歌舞伎町で待っている君を
歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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