1. Home
  2. 社会・教養
  3. 礼はいらないよ
  4. 「迫る人工透析」アウトドア期からインドア...

礼はいらないよ

2025.01.18 公開 ポスト

「迫る人工透析」アウトドア期からインドア期へと人生の道を変える“ラッパーの覚悟”ダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

始まる透析準備

年末、久しぶりにフッド(hood:地元)に帰っていました。僕のフッドにいるホーミー(homie:地元の連中)はいつも調子が悪く、多くはなんらかの事情を抱えながら暮らしている。なんなら毎日のように人が死んでいる。

フッドは薬物で溢れていて、サイレンの音も鳴り止まない。フッドのボスは大名行列を引き連れて自分のシマを巡回し、ホーミーたちに心のこもってない言葉を投げかける。取るものは取るし、行政にだってしっかり食い込んでいる。

 

そういえば何やらスキャンダルを抱えた政治家なんかもフッドに逃げ込むことがある。僕のフッドは社会の中にありながら社会の外にちょっとはみ出した場所だ。もちろんフッドには世話になっているし、気が休まる。でも、出来ればあまり戻りたくない場所でもある。

米西海岸の名ラッパーグループ、コンプトンズ・モースト・ウォンテッドの曲に「フッド・トゥック・ミー・アンダー」という曲がある。ロサンゼルスのコンプトンの過酷な日常を描きながら、自分はこのフッドに組み伏せられていくと歌う。抜け出したいが抜け出せない。気づくと舞い戻ってしまう。僕も何度となく戻ってきてしまう。僕は病人。僕のフッドは病院だ。

今回も、また危なかった。12月の中盤に「インドア派宣言」というイベントを開催した。

僕はずっと腎不全を抱えているのだが、いよいよ腎臓の数値が悪化してきた。人工透析は不可避だと医師に言われ、それでもギリギリまで粘っていたがいよいよ体調が連日のように悪化していくと自分でもしんどくなってきた。

まずは透析の準備のためのシャント手術を受けることにした。これは左腕の動脈と静脈を結んで透析の管を通す血管を作る手術だ。透析が始まれば週3回、4時間は治療を受けることになる。これを「インドア派」と名付け、これまでを「アウトドア期」と考えることにした。

2024年はアウトドア期の最後になりそうだという自覚もあって、カンボジアツアー香港、韓国、モンゴルでのライブを敢行し、米大統領選挙の取材でニューヨークにも行った

個人差もあると聞くので、実際にインドアになってみないと何が出来るかはわからないが、マインドセットは入れ替えようと思っていた。実際、近年はあまりに多くのことをやりすぎて自分が何をやりたいのか、自分が何をしているのかが混乱していく時期でもあった。この混乱自体を愛でながら生きていく楽しさもあったが、そろそろドアを開いて道スッキリさせるタイミングだと感じていた。透析治療は始まったら一生の付き合い。このドアを通って後ろで閉まる音が聞こえたら、あとは前に行くしかない。それをある種のシンプルさと捉えることも出来る。

そんな覚悟をしてイベントに臨んだ。イベント直前にまず立命館大学でプエルトリコのラッパー、シエテ・ヌエベらを招いたイベントがあり、彼らとスタジオでセッションもした。これもアウトドア活動で楽しい時間だったが、ここで何やら胃腸炎のウィルスをもらってしまったらしい。医師の説明では僕は免疫が弱っていたこともあり、通常なんてことはないウィルスに直撃、大ダメージを喰らってしまった。

咳などはないものの高熱でフラフラしながら京都から戻り、イベント当日は半身浴で熱を冷ませて平熱に戻してから望んだ。3時間近くステージに出ずっぱりのライブの最後は立っているのもやっとで、マイクスタンドを杖代わりにして歌ったが完全に体力ゲージはゼロを指していた。なんとか家に戻ったがそこから2日、吐き気が止まらずほぼ何も出来ずに寝込んでしまい、ついに白旗をあげることになる。

5年前、アシドーシスで死ぬ間際に救急車を呼んだ時と状況は酷似していた。妻に仕事を休んで付き添ってもらいフッドに戻る。血液検査をしたらその場で緊急入院が決定した。しかもウィルス感染の疑いもあって隔離病棟直行だ。

点滴で栄養と吐き気止めを注入すること3日、なんとか身体に覆い被さる気持ち悪さが姿をひそめてくれた。ウィルスの症状はないがそれでも隔離は解けず、家族とも面会できない。

削り取られた体力を戻すため、フッド飯こと病院食を頑張って口に放り込む。フッド飯は「早くこんなとこからは出ていけよ」というメッセージが込められた味になっている。特に魚介類の味気なさは格別だ。ある晩に出た味の南蛮漬けはちょっと驚く食感だったが、それでも流し込む。

そもそもシャント手術で入院予定だったが倒れてしまったため、手術を受ける状態まで戻すことが最初の目標だったが、これはなんとか成し遂げた。手術は12月24日、クリスマスイブだ。世間とはかなり違う過ごし方をしたと思う。

シャント手術は簡単な手術だと説明を受けていた。2時間弱、局部麻酔で左腕の手術をしてもらう。意識があるのでぼーっと考えことをしながら身を任せる。ところが2時間経ったところで担当医師が言う。

「なんだかね、音を見失っちゃったみたいです。ちょっと時間かかるけどもう一回やりますね」

もう一回? 最初から? と言ってもここでやめますという選択肢もない。結局合計4時間近いロングランを局部麻酔で駆け抜けることになってしまった。ロード・オブ・ザ・リング一本より長い。とてもレアなケースだが僕は生まれつき血管が細いのが原因らしい。ちょっと前途多難な予感もする。

年末、大晦日直前に僕はフッドを出て家に帰った。ああ、鍋が美味い!

だが、もうインドア派になる日も近い。目の前には次のドアがある。ちなみにこのドアはフッド直結でもある。もうフッドには戻りたくない。そう思ってドアを前で足踏みするかのように軽い運動をしたり、食事に気をつけたりする日々でまずは2025年を始めている。ああ、フッドに組み伏せられそうだ。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

{ この記事をシェアする }

礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

バックナンバー

ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP