

「強い者勝ち」はつまらない
乱世来る。これは僕が繰り返し言ってきたことだが、トランプ政権誕生以降の国際情勢を見ればようやく何のことか分かってきた人が増えてきたと思う。今が後の世界史の教科書では時代の転機として記述されることは間違いない。その起点をロシアによるウクライナ侵攻に置くのか、10.7のハマースによるイスラエル領内侵攻に置くのか、あるいは昨年の米大統領選挙におけるトランプ政権誕生に置くのか、シリアのアサド政権崩壊に置くのか。いずれの事象にも前提はあるが、それが一気に表出してきたものと言える。
乱世とは何か? 秩序が崩れた状態だ。秩序が安定していれば強いものは強く、弱いものは弱く、大きいものは大きく、小さいものは小さい。社会システムに沿った方向での成長もあり、将来はある程度予測可能だ。ところが乱世ではこうはいかない。あらゆる可能性が開かれる。僕が乱世を肯定的に語るのはこの可能性の部分だ。
だが、秩序の不安定化、予測不可能化は大きな犠牲を伴う。そして、多くの場合この犠牲は安定した秩序上の弱者が先に払うことになる。乱世はホッブスのリヴァイアサンで言及される自然状態に近づくことも意味する。これは万人の万人による闘争状態とも表現される。これは秩序によって抑えられていたものの解放でもあり、ものをいうのは”力”になる。解き放たれた力はぶつかり合いながら、より大きな力を指向する。例えばアメリカ、中国、ロシアを中心とした覇権国家の今後の振る舞いを考えてみれば良い。そして、秩序なき状態で力に飲み込まれたり、犠牲になったりするものの側に立つのは”倫理”だ。これからの乱世は力と倫理の時代に突入する。
乱世といえば、まず頭に浮かぶのは中国の三国時代だ。後漢王朝末期、宮廷は宦官十常侍の官僚的統治により腐敗が進行し、社会は荒廃していた。この時、まず十常侍に対して将軍何進が反乱を起こし、宮廷の混乱に乗じ王朝保護の名目で董卓が西涼から王都洛陽に進出する。王都で暴政の限りを尽くす董卓に対して反董卓連合軍が結成され、後漢王朝は内戦状態に突入する。
ここで台頭してくるのが曹操、孫堅そして劉備らである。曹操は後漢王朝においては優秀な官僚、孫堅は地方豪族、劉備に至っては農村出身の青年だ。のちに魏朝を打ち立てる曹操は治世の能臣、乱世の奸雄(かんゆう)とも称されるわけだが、こうした人物は秩序が保たれている状態では頭角を表さない。乱世で可能性が開かれたから登場したのだ。
日本でいえば戦国時代。群雄割拠する戦国大名の中で権勢を振るった今川義元や三好長慶らを差し置いて天下布武を唱えたのは尾張の小大名であった織田信長であり、その後を継いで天下人となるのは出自の詳細すら知られていない木下藤吉郎改め豊臣秀吉である。乱世とはこうした可能性が開かれた状態だ。もちろん多くの場合は圧倒的な力を持った強者による蹂躙が起こるだろうが、強いもの勝ちとはいかにもつまらない言葉だ。
さて、例えば三国志演義や太閤伝のような物語では、劉備や秀吉の倫理的側面を英雄譚として語ることもあろうが、彼らがそこまで倫理的であったとは考えにくい。力と倫理の対比では倫理はあくまで非力であり、立ち向かうことなど不可能にも思える。
ここで新約聖書の良きサマリア人の話を思い起こす。盗賊に襲われた瀕死の人を助けたのは祭司でもレビ人でもなく、異邦人としてユダヤ人から差別されてきたサマリア人だ。このサマリア人の行動こそが倫理であり、この感覚に共感することが力への対抗になるだろう。僕自身はキリスト教徒ではないが、この逸話には困難さが込められているのは理解できる。そして、イエスなる人は楽にできることを推奨もしないだろうとも思う。
これからの乱世、強いもの勝ちではない可能性がどれだけ開かれるか? その時、立ち上がるのはイエス・キリストがそうであったように、パレスチナから現れても良いはずだ。
礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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