「紀伊國屋じんぶん大賞2015」の第1位を受賞した東浩紀さんの『弱いつながり 検索ワードを探す旅』。受賞を記念してのクラブメッドの瀬口盛正社長との対談後編は、日本の温泉旅館とリゾートの違いから、日本人の考える便利さへの違和感へと話題は展開していきます。(構成:小西樹里 撮影:菊岡俊子)
日本の温泉旅館は忙しすぎないか
東 ネットはお金がかからない娯楽です。収入の少ない人ほど使うので、ネットの意見はどうしても低所得者側に寄る。そしてなぜか日本では、所得が低いひとほど、むしろ職業原理に縛られて「働くこと=美徳」だと思っているひとが多いんですよね。ネットにはそういう価値観が溢れています。
瀬口 Twitterもそうですよね。そこに好かれないといけない。
東 Facebookもそうで、巨大な相互監視システムみたいになっています。「おまえ、休暇取ってるの?」って。会社でも休暇が取りづらく、その外でもプライベートを監視されている。日本人は、何もしないで休むのが本当に苦手ですよね。温泉でゆっくりしようと思っても、日本の旅館はなにかと忙しい。
瀬口 彼らのスタイルにコントロールされてしまいますね。
東 チェックインした瞬間に、夕食は6時半か7時かとか、お部屋でとるか大広間がいいか。そんなの知らないよと思うんですけど(笑)。あれはぼくは窮屈に感じます。その点、海外のリゾートホテルはビュッフェだから自由ですね。
瀬口 まずリゾートの面積が違う。すごく大きい。
東 面積は決定的です。
瀬口 クラブメッドの石垣島のホテルは東京ドーム全体が4つ入ります。それだけの空間や一人になれる場所があるのは大きいですよね。
東 日本の旅館は作り方がそもそも小さいんですよね。
瀬口 日本庭園自体がそうですから。
東 大きさは重要です。人間は存在しているだけで音を発するし、五感を刺激する存在感がある。それをシャットアウトするのは距離しかないと思うんです。僕は家族旅行ではできればスイートに泊まるようにしています。というのも、旅行行ったからといって、普段ズレている生活をきっちり合わせることはできないでしょう。ひとり夜中に目が覚めたときに、妻子と同じベッドルームしかないときのつらさといったら。そういうのを我慢していると絶対ケンカが起きる(笑)。部屋の広さは、休暇を家族と平穏に過ごすための重要な条件だと思いますね。
瀬口 非日常ですしね。
東 あと、老舗旅館で小学生の子どもとごはんを食べることの困難さ……。やはりビュッフェはすばらしい(笑)。
瀬口 日本人はビュッフェが好きですよね。うちも世界各国の料理を出すんですけど、日本人のお客様が喜ばれるのは、お部屋の広さや新しさではなくて、食べ物の種類の多さです。
東 日本人は他の国の人たちと比べて舌が肥えているのでは?
瀬口 お客様の満足度評価というのがあるんですけど、日本人のお客様はとても厳しくて満点をつけない。どんなにハッピーでも真ん中より少し上の6点です。外国の方は喜ぶと10点をすぐつける。食べ物以外もそうだけど、それ以外も、食べ物の質だけじゃなくて調理法まで入ってくる。日本中のお客様の満足度を高くするのが世界中のホテルチェーンの課題なんです。
東 減点法なんですね(笑)。
瀬口 働く側は細かい質問に答えられないといけないので、コールセンターの処理の時間が日本は3倍です。
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