データを使いこなす能力に長(た)けた彼ら若い世代は、情報をさらすことにも無防備だ。
友達とラインで会話し、思ったことをツイッターでつぶやき、位置情報を発信し続けるスマートフォンを肌身離さず持ち歩く。
それらは全てネット上に蓄積され、各企業の大切な飯のタネ——ビッグデータとして保管され続けていく。
いや、彼らだけではない。
徳田の買い物履歴や検索エンジンに打ち込んだキーワードも、それどころかPCで変換した文字列さえ、どこかに集積され、せっせと解析され続ける。
ネットを使わないお年寄りにしても、戸籍や、選挙での投票内容や、銀行に預けられたお金や、さまざまな情報をネット上のどこか与あずかり知らぬところに蓄積している。
いつどこで何を購入したのか。
何時にどこで飲み食いしたのか。
どういう経路でどこからどこまで移動したのか。
どんなニュースを見、どんな本を読んでいるのか。
病院でどんな薬を処方されたのか。
どんな広告に興味を持ち、どんなサイトを何分ぐらい見て回ったのか。
最近のスマート家電では、何時に冷蔵庫を開けたのか、トイレを何時に利用したのかまで記録しているという。
ひとつひとつは、何の意味もない情報に過ぎない。
しかし、いくつかの情報をつなぎ合わせると、そこにはある行動様式が、人格(ペルソナ)が浮かび上がってくる。
その人格をターゲットとして、企業は広告を打ち、政治家は選挙活動をする。
あくまで統計情報にもとづいたバーチャルな人格だ、と、彼らは言う。
しかし、バラバラの活動が、どうにかして一人の人間に結びつけられた時、何が起きるのか?
徳田は頭を振った。
こんなことを考えるから、時代遅れのパラノイアと呆れられるのだろう。
昼休みのチャイムが鳴った。
濱野が電話を終えて、振り返った。
「徳田さん、エールシステムの担当者、直接話を聞きたいって言ってます。日程候補をスケジューラに入れておきました」
「おう、ご苦労さん」
昼飯でもどうだ、と続けようとしたが、濱野はさっさとスマートフォンを手にして立ち上がった。
一人で昼飯を食いながら、スマホの向こうの仲間たちに愚痴(ぐち)をつぶやいているのかもしれない。うちの課長は、時代遅れで頭が固い——と。
自分の知らない自分に関する情報が、またひとつネット上に記録されていく。
時代の流れには逆らえない。
自分が退職するころには、きっとこの病院のシステムも、日本を覆う雲の中に飲み込まれているだろう。
いったいその先にどんな時代が待っているのか。
徳田は溜め息をつき、ポケットに財布だけ入れて食堂へ向かった。
* 第3回は4月14日(火)公開予定です。なお本作はフィクションで、登場人物、団体等、実在のものとは一切関係ありません。
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