心理的瑕疵物件、というのはご存知でしょうか。
いわゆる、訳あり物件ってやつです。自殺とか殺人などの事件があった物件や、幽霊などの悪い噂がある物件のことで、つまり、心理的にいやーな感じがする物件のことです。
以前は、訳ありであることを伏せて紹介することも多かったのですが、今は、事前に告知する義務がありますので、包み隠さず、お客様にご説明いたします。
ただし、その物件が事故後一度でも入居実績があれば、告知義務はなくなります。つまり、事故物件である履歴がクリアされるんですよ。それを悪用して、ロンダリングするような業者もありまして。社員や知人に依頼してその物件に短期間入居してもらい、告知義務を回避しようっていうんです。
しかし、私はそういうのはどうも好みません。それに、不動産ロンダリングは、法的にはグレーです。判決では否認されています。いえいえ、それ以前に、良心の問題です。やはり、包み隠さず、情報は開示すべきでしょう。
結果から申しますと、このマンションは、心理的瑕疵物件でございます。このマンションに、老女の幽霊が出るというのです。
……その幽霊、一部では阿部定だという人もいて。阿部定、ご存知ですか? 何度も映画や小説になった伝説的な人です。……ええ、そうです、愛人を殺害して、その局部を切り取ったという。性器が〝局部〟と表現されるようになったのは、この事件がきっかけだそうですよ。ネットの受け売りですが。
どうしてそんな噂が流れたかというと、ある映画が原因なのだそうです。〝ところざわきたん〟という映画。ご存知ですか? 自分が阿部定だと思っている年老いた娼婦を描いた作品らしいのですが。ああ、そうですか。知りませんか。まあ、仕方ありませんね。メジャーな映画館ではかかったことがない、全国の公民館などを巡回する自主映画だそうですから。一度、私の地元にも上映案内のチラシが貼られていたことがあって。見に行こうと思ったのですが、そのチラシがあまりにおどろおどろしくて、やめてしまいました。でも、見に行かなくてよかったです。なんでも、本物の死体が映っているんだとか。一種のスナッフ映画なんでしょうかね……。
で、その映画の舞台になったのが、このマンションだというのです。
ま、根も葉もない噂に過ぎませんが。
ああ、でも。
このマンションには、実は、もうひとつ〝いわく〟がありまして。
これは、噂でもなければ都市伝説でもない、本当にあった話なのですが。
……一九九九年に実際にあったことなんですけれどね――。
本記事は幻冬舎文庫『あの女』(真梨幸子著)の冒頭4ページを掲載した試し読みページです。続きは『あの女』文庫本をご覧下さい。