「黒田メソッド」の全体像
さてこの章では、今まで「さわり」しかお話ししなかった「黒田メソッド」の全体像を知っていただくため、このメソッドが全体として「どんな技術によって成り立っているか」「不妊治療においてどんな意義があるのか」など、順を追って解説してまいります。
私ができ得る限り自然妊娠に近い形でのARTを目指すべきであるとしているのは、用いる配偶子(卵子・精子)の品質管理、人為的な授精、受精技術、胚培養環境の最適化、移植胚の品質管理を徹底し、最善を尽くすべきであると考えているからです。
上述した考えに基づきオーダーメイド不妊治療を実現させるためには、初診、カウンセリング、検査、排卵誘発、採卵、卵子・精子取り扱い、受精、胚培養、胚移植、母胎管理までのすべての工程のレベルアップが不可欠です。
精子が専門の私は、精子に関する“知識と技術”の出遅れがARTにおける最大の問題であると痛感したのです。
自らが開発した精子関連技術をART臨床に組み込み、全工程を一人で行うことにより、治療の全体像を把握しつつ臨床経験を集積することが本書に述べる「“不妊治療イノベーション”の第一歩」であると考えたのです。
具体的には、医師および胚培養士の精子関連知識の向上、さらには胚培養士の高度な精子取り扱い・品質管理技術の習得が急務であると考えています。
精子の品質を評価する技術——精子機能検査
1.精子の先体反応(精子の卵子接着機能)の解析
先体は、精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官であり、そのなかには卵子への侵入に必要な分解酵素が入っており、これらが卵子と接着するときに放出されます。この一連の仕組みを「先体反応」といいます。この先体反応の発現機構は、私の博士論文のテーマですから、いわば「黒田メソッドの原点」ともいえるものです。
一般に細胞内の物質を染色するためには、細胞膜を除去、固定します。先体反応の検査では、まず先体があるかないか、ついで運動している(生存確認できる)精子において袋状の先体に孔が開き、先体の内側の膜が露出したか(先体反応を起こしたか)を観察しなくてはなりません。
私は、先体の解剖学的な特性を利用して、精子の生存性を確保したまま先体反応の機能解析ができる検査法「コンカナバリンA法」を確立しました。
本法は、先体反応により露出された先体内膜上に出現したアスパラギン結合高マンノース型糖鎖を、蛍光色素でラベル化したコンカナバリンAで組織化学的に特異染色した検出法です。
図21は運動精子を選別した直後の先体を示しています(左図)。精製した運動精子は細胞膜の状態が極めて良好で、ほとんどが先体反応を起こしていませんでした。これを培養すると、ほとんどの精製運動精子が先体反応を誘起しました(右図)。
(後略)
高精度な高品質精子分離技術
われわれは一貫して、ARTに供する精子の分離、なかでもDNAに損傷のない精子(DNA非損傷精子)を選別する技術を開発することに力を注いでまいりました。
原理が異なる複数の遠心分離技術(沈降平衡法、沈降速度差遠心分離法)を組み合わせることにより、DNA非損傷・運動精子を無菌的に調製することが可能となりました。
本書では技術の詳細は省略させていただきますが、開発の過程で重要な発見がありました。上述した技術で精子を分離すると、精子濃度、運動率が低くても意外とたくさんのDNA非損傷・運動精子が得られる場合もあり、逆に精子濃度、運動率が高くても目的とする精子がほとんど得られない(ほとんどがDNA損傷・運動精子である)場合がありました。このことは、表3(51ページ)に示した日本産科婦人科学会の見解のように、本書で繰り返し述べてきた「精液の顕微鏡観察のみでは精子の質を正確に把握することは難しい」ことを示しています。
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この連載は『不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学』のダイジェスト版最終回です。詳細に関しては書籍をご覧ください(もくじはこちら)。