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実践「マネーロンダリング」講座

2003.01.15 公開 ポスト

最終回

ハリーポッターも驚く夢の国橘玲(作家)

 高利貸しという商売は、大きな矛盾の上に成り立っている。

 金を借りた本人は、すでに借金で首が回らなくなっている。不動産などの資産は、当然、金融機関の担保に入っている。本人に安定した収入があればいいが、そもそもそんな人間は、高利貸しのところに来ない。たとえ不動産が担保割れしていても、安定収入のある上場企業のサラリーマンなら、銀行が喜んで低利の金を貸してくれる時代なのだ。

 そう考えると、高利貸しは、金を貸した人間以外から金を取り立てることを前提にしない限り成立しない商売だということになる。好景気の頃は、客を飯場に放り込み、無給で働かせて借金を回収するという“真っ当な”方法もあったが、そんな金払いのいい仕事はなくなってしまった。

 

 金のない人間から金を取り立てるもっとも有効かつ確実な方法は、連帯保証人に判を捺させることである。金や資産や地位のある人間を連帯保証人にすることができれば、どんな危ない融資であろうと回収に不安はない。契約をたてに裁判を起こせば確実に勝てるから、弁護士名で内容証明を送るだけで、連帯保証人は抵抗する術もなく借金を弁済してくれる。

 だが、世の中にこんなうまい儲け話が転がっているはずはない。親兄弟であれば別だが、金や資産や地位のある人間は、そもそも他人の借金に連帯保証の判など捺さないからだ。連帯保証は中小企業経営者の間で広く行なわれているが、彼らはほとんどが取引先同士で、そのうえ相互に連帯保証しあっている。したがって、一人が経営破綻すると、取引先である連帯保証人までいっしょに破産してしまう。これでは、いくら契約書があっても資金は1円も返ってこない。

 

 正攻法で金が回収できなければ、多少危ない橋を渡ってでも金を取り戻すしかない。

 融資先が法人であれば、空手形を発行させて、それを金融業者に割り引かせれば金になる。だが、苦し紛れの手形事故が頻発したため、こうした融通手形はほとんど使えなくなった。

 ありもしない在庫をでっちあげて販売契約を結び、取引先から手形を詐取する方法もある。これは取込み詐欺の古典的な手口だが、最近では誰も騙されなくなった。ちょっとでも危ない噂が流れると、すぐに現金決済に変更されてしまうからだ。

 新手としては、経営不振企業として公的融資を受ける裏技もある。不況で経営が苦しいと訴えると、国が金を貸してくれる。それで貸した金を取り戻すことができるなら、こんなにおいしい話はない。損をするのは日本国民だが、べつに誰が文句を言うわけでもない。だが考えることはみんな同じで、現実には銀行がこの方法でせっせと融資を回収している。高利貸しまでは、なかなか順番が回ってこない。

 

 個人の場合はどうだろう。

 マイホームは銀行の担保に取られているので、勝手に換金することはできない。そこで短期賃借の契約を結ばせて、ホームレスをそこに住まわせておく。こうやって競売を妨害し、何かの役得にありつこうというわけだ。

 面倒な占有者がいると、その物件には誰も手を出さない。買い手がいなければ、価格を下げて再度競売にかけることになる。こうやって安くなった物件を自分で買取り、更地にして転売すれば利鞘が稼げる。

 だがこの方法で金を回収するにはそれなりの資金力がなければならず、そのうえ時間も必要だ。最近は占有者の法的権利が弱くなり、買受人(競売落札者)に対抗することがだんだん難しくなってきた。

 買受人が不動産業者の場合、占有者にいくらか金を渡して立ち退いてもらうのが慣習になっている。だがこの立退き料相場も値崩れしており、30~50万円のはした金で出て行かされることも多い。占有者の食費や生活費は高利貸しが立て替えているから、占有期間が長引けば、これでは赤字だ。

 そのうえ最近は、一般の個人が傷物の物件を平気で落札するようになってきた。相手が素人だと、理屈が通じないからさらに始末が悪い。「この家は私のものよ!」と泣き喚かれて、尻尾を巻いて逃げ出すことも多いという。ヤクザは経済合理的に行動するから、たった30万円のために素人と本気でケンカするわけにはいかないのだ。

 

 このように、金のない人間からの資金回収に王道はない。だが、何をやっても無駄かというと、そんなことはない。努力する者の前には、道は自ら開かれるのだ。

 たとえば、顧客のクレジットカードでブランドもののバッグなどを買い漁らせる。これを中古販売業者に持ち込んだり、ネットオークションで売れば換金できる。

 消費者金融で金を借りさせ、それで回収する方法もよく使われる。運転免許証か健康保険証があれば、無人貸出機で金は簡単に借りられる。

 もちろん、この方法も万能ではない。

 最近ではカード情報端末がほとんどの店舗に導入され、限度額を超えた買い物は不可能になった。それ以前に、高利貸しのところに来るような人間は、カードの借入れ限度額などとうの昔に使い切っている。

 大手消費者金融は、たとえブラックリストに名前がなくても、顧客の信用情報データベースに複数の借入れが記録されていれば、新規の融資は行なわない。もちろん、高利貸しの客はみんな借金漬けである。

 ではどうするか? 賢明な読者であれば、前号を思い出しただろう。そう、顧客を誰かの養子にして、名字を変えてしまえばいいのだ。

 信用情報をリセットすれば簡単に金が借りられるから、業者に唆されてこの犯罪に手を染める多重債務者は多い。だが、いったん犯罪者の烙印を捺されると自己破産の免責は認められず、刑務所を出た後も借金を返し続けなくてはならない。これで、人生は終わりである。

 

 クレジットカード会社や消費者金融業者を騙しているだけでは、まとまった資金回収は不可能だ。そこで最後の手段として、顧客に闇金融を回らせて金を騙し取るようになる。

 高利貸しのところやって来るのは、どうせ危ない客だけである。次に騙す奴がいると思えば、無理を承知で金を出す奴はいる。誰かに金を貸さなくては儲けは生まれないのだから、ここは金貸しとしてもつらいところなのだ。

 こうして高利貸し商売はいまや、ババ抜きゲームになってしまった。闇金融巡りはいずれ行き詰まり、顧客は“人権派”弁護士のところに駆け込んで自己破産してしまう。そこで、ゲームオーバーだ。その時にババをつかんでいれば、多額の焦げつきを抱えて、今度は自分が逃げ回ることになる。

 こんなヤバい商売であれば、暴利でなければとてもやっていけない。たんに金利が高いからといって、高利貸しを非難するのは筋違いだ。リスキーなビジネスには、それなりの報酬が約束されているべきである。

 

 ところでここで、あなたは不思議な現象に気づいただろうか?

 あなたがもし、会社をリストラされ、住宅ローンを返せなくなったとしよう。そこでマイホームを売却してしまえば、含み損が顕在化して、家を失ったうえに借金が残る。あなたに安定収入があれば、裁判所は自己破産を認めてくれない。

 だが、あなたがあちこちから金を借りまくり、返済不可能なほどの借金を背負ったとしたらどうだろう。それがギャンブルや女やブランドものに注ぎ込んだ借金であったとしても、裁判所は二つ返事で免責つまり借金棒引きを認めてくれる。いずれにしてもマイホームは手放さなくてはならないが、こちらの方は、なぜかすべての借金が消えている。

 真面目に金を返す人間はバカである。他人から金を借り、踏み倒し、遊んだ人間が得をする。

 日本はいつのまにか、ハリー・ポッターも驚く魔法の国になってしまったのである。

 

 

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実践「マネーロンダリング」講座

たとえば、次のような儲け話があったとする。あなたは、話くらい聞いてみようと思うだろうか?もしもしそうなら、気をつけた方がいい。
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橘玲 作家

1959年生まれ。作家。2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。06年、小説『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞の候補作となる。また、『言ってはいけない』が新書大賞2017に輝く。他の著書に『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『(日本人)』『亜玖夢博士の経済入門』『タックスヘイヴン』『ダブルマリッジ』『朝日ぎらい』『上級国民/下級国民』『女と男 なぜわかりあえないのか』『バカと無知』等がある。

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