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恨みそずい

2006.04.15 公開 ポスト

最終回

優しい芸能界光浦靖子/大久保佳代子

大久保佳代子さま

 前略 ま、どんな仕事も大変だっつーことで。なんか、大久保さんの苦労? 苦悩? を聞いても「へー」としか思わないんですよね。なんか最近、その手の話トゥーマッチなんですよ。ずるい愚痴? 最後に「でも前向きに、頑張っていきます」って言う、フォロー付きの愚痴? 世の中に蔓延してると思いません?
 こないだも、久々に会った学生時代の先輩に、仕事の愚痴を散々聞かされました。嫌な気持ちになりました。うまく行かない話を散々聞かされ、私にどうしろと? 職業が違いますから具体的な返事もできず「楽しくいきましょうよ」なんて言うと「才能ある人は違いますねぇ」などとこっちに当たってくる始末です。昔、世話になった人だから……と思うのですが。
「忙しいタレントさんを呼び出しちゃって悪かったねぇ」
「いや、言うほど忙しくはないですよ」
「そうだな。面白い新人は沢山いるからねぇ。飽きられやすいからねぇ」
 昔世話になった人だから……と思おうとするんですがっ。最後は「お互い頑張ろう」と決起集会風に終わりましたが、肩がどんより重くなりました。悪いモンを背負わされたようです。その夜、どうにもイラついて眠れず、近所の川をチャリンコで突っ走りました。近隣からクレームが出ない程度の音量で、言葉が聞き取れない程度に間を開けて叫びました。
「しぃぃぃーーーーー」「…………」「ねぇぇぇぇーーーーーー」と。

 最近はKABA.ちゃん、坂本ちゃんとよくツルんでいます。当然、仕事の話はしますが、相談はしても、笑えない愚痴は言わないルールになっています。だって「私って才能ないもん」なんて言われたって、何もできませんからね。ただ聞かされた方が嫌な気持ちになるだけですからね。いつも笑ってる人といるほうが楽しいし、よっぽどか反省になります。
「マイナスの空気を持っている人といるとマイナスになる」
 KABA.ちゃんの言葉です。
「親しき仲にも礼儀あり。愚痴にも限度有り」
 こないだまでウジウジしていた坂本ちゃんの言葉です。
 彼女たちは占いが大好きです。KABA.ちゃんは運気というモノを非常に気にします。坂本ちゃんは、ある占い師に「あなたには閻魔大王がついている」と言われ、それ以来非常にポジティブになりました。占いをオススメしてるわけではありませんが、いつも笑ってる彼女たちといると、運が良くなるような気がするんです。悪いモノに引っ張られない気がするんです。言霊ってあると思うんです。口に出したら、それが動き出すんじゃないかって、口にだしたら負けなんだって思うんです。
 私は芸能界に入って、本当に良かったと思います。ただでは起きない、これがどんなに私の人生を明るくしたことか。ブサイクに生まれたことをずっと悲しんでいたのに、今ではブサイクでお金をもらっています。このルックスで、この時代に生まれたことを感謝しています。ただ、いかんせん人に見られる商売をしていると、キレイになっていってしまうんですよね(ムカつく? でも本当にそう思うのぉ)。負けず嫌いですから、テレビでは誰よりもブスに映りたいんですよね。でも、女でしょ? プライベートは可愛くなりたいんですよね。だから「最近キレイになりましたね」と社交辞令的発言をメイクさんに言われると、複雑な気持ちになるんですよ。私の商品価値が落ちている? プロ意識がないってこと? でも正直、悪い気しない、って。

 私の大学生時代はパッとしないものでした。どのバイトについても、社員に意地悪され、すぐ辞める始末。道を歩けばホームレスっぽいおっさんに説教されるし。なじみのパン屋では万引きと間違えられるし。初めて仲良くなった、恋に発展するかも?って期待した男の子は「オレは三島由紀夫の生まれ変わりなんだけど……」と言い出すし。次に仲良くなった男の子は「面白い本があるから読め」と肛門についての本ばかり薦めてくるし。大学へも行かず、ほぼ引きこもりでした。家でコンビニのお菓子ばかり食べていました。そしたら、そのコンビニがつぶれました。その時代の私は、自分は不幸だと思っていました。ただヘコんでいました。
 しかし、この世界に入って同じ人生が変わりました。過去のプチ不幸を話せば皆が笑ってくれるのです。目から鱗が落ちました。不幸は笑えばいいんだ、笑ってもらえるんだ、と。見方を変えれば、面白いんだ。
 それからはトラブルの受け止め方が変わりました。もちろん、嫌な出来事に遭遇したら、怒りで一杯になるし、悲しみで一杯になりますけど、ふっと視点が変わるようになったんです。「コレをどうまとめたら笑えるだろうか?」と。そうすると、その状況が少し楽しくなるんですよね。人でもそうです。「なぜ私はコイツに不快感を持つのだろうか? ああ、このしぐさか、この喋り方か、この言葉選びか……なるほど。ただ、これだけじゃ笑えないんだよなぁ……もう一つ何か……来い、もひとつ来い、来いっ」 何かを期待すらする時があります。
 タクシーの運転手さんが意地悪だった、道で自称ファンにからまれた、子供に追いかけられた、放屁した、失禁した、脱糞した、色んな事が未来の宝物になる可能性を秘めているのです。「ただでは起きない根性」を身につけてから、随分と楽な人生になりました。ただ、話術のせいも存分にありますが、ネタになる率は低いですけどね。「もひとつ来い」と待ったわりに、何も来ず、飲み屋トークにすらならない、損して損取る場合があります。そういう場合は、夜中チャリンコで走ればよいのです。
 芸能界の人はいい人ばかりです。本当の不幸はもちろん笑いませんが、不幸を可能な限り笑ってくれるからです。私は優しいと感じます。失恋の痛手を治してくれたのは、友達の慰めではなく、芸人さんの、スタッフさんの大爆笑でした。「うぁー、で? で? で? うはははー」でした。今この世界にいるのは、その優しさをくれた人たちに恩返しをしたいからです。「何が恩返しですか?」と若手の頃、真面目に聞いたら「笑いをくれ」と言われました。その人たちに「面白かった」と言われるまで、私はこの世界にいようと思っています。

 優しさといえば、本番中けなしてくれるのも一種の優しさじゃないですか? だから私も良かれと思ってやっているんですが……。人って沸点が違うでしょ? 怒るポイントも違うでしょ?
 この間も、また間違えちゃいました。
 楽屋に帰ってから、一言謝れば済むんですが、どうにもねぇ……。昔から「ありがとう」と「ごめんんさい」が言えない子でねぇ……。なぜかウソ臭く見えるんですよねぇ……。
 なんてしてたら、その人は帰っていました。謝らず仕舞いでした。でもね、その人が好きだから、おいしくなると思っての一言だから。好きって気持ちはいつか分かってくれるよね、うん。また社会人らしからぬ、少女のような祈りを込めるだけでした。
 こんな私でも、芸能界で数人のお友達ができました。やっぱ、芸能人ってイイ人が多いんだよ。優しいんだよ。私は相当な意地悪をテレビで言ってますよ。それでもお友達になってくれるって、器がでかいんですよ。あ、一応、表でいい顔して、裏でひどいこと言う、というのだけはしていません。表も裏も、同じぐらい、正直な意地悪です。
 今日は、めちゃイケ終わりで鈴木紗理奈さんとご飯を食べに行きました。彼女は、もし同じクラスだったら、一言も喋らなかったであろうタイプの女性です。実際に番組で共演してから3、4年は口も利いたことなかったですからね。お互い心の中で「あいつは好かん」と思い合っていた仲ですから。それが今では、何が合うのか分かりませんが、何でも話せる間柄になりました。そして、今日もまた、おなじみの話をしてきました。
「光浦さん、彼氏作ったほうがいいですよ」
 かれこれ、この話題で8年になります。
「そりゃ欲しいさ」
 8年同じ返しをしています。
「エッチずっとしてないんすか?」
「尼さん並みにね」
 蛤と筍の土鍋ご飯を食べながら、そういえば紗理奈に話していなかったセックス未遂事件があったな、と思い出したのでした。それは……。
 確か6、7年前のことです。記憶があいまいです。当時、好きだった男性と「では、そういうことに……」な展開になったことがありました。そりゃ好きでした。よっしゃ!と思いました。夢のようだ、と嬉し涙が出そうでした。でも彼には長いこと付き合っている彼女がいました。私も会ったことがあります。私は一瞬迷い……お断りしたのでした。「いやいや、そういうつもりじゃなくてさ……へへへ」と、最低な笑顔で言いました。最低な空気でした。
紗理奈は「なんでせぇへんのですかぁ」と言いました。「いや、したかったさぁ……実はね……」
 彼女に悪い、そうは思わなかったのでした。実は、一瞬躊躇した時に、お世話になってるディレクターの顔が浮かんだのでした。「それって面白いの?」と言う姿が。
「それって面白いの?」
 一番怖いセリフです。それを言われると、私たち芸人は震え上がってしまいます。あそこが悪かった、ここが悪かった、と言われるよりも、ずっとずっと反省をする一言です。普段からあまり喋らない人です。喋らない人の言葉だから余計に重いんです。あ、もちろん、とても頑張った時は褒めてくれますよ。私生活、ましてや人のセックスに絶対に口を出す人ではありません。でもその時は、「それって面白いの?」が聞こえたのでした。そして、一瞬で色んな事を考えたのでした。
 私は彼の体に触れたら、ますます彼を好きになるだろう。恋にうつつをぬかすだろう。その時私は、モテない女というキャラをやり通すことができるのだろうか? じゃ、結婚して退職? 彼女がいるんだから、ありえない。彼が詐欺師のような人間で、私の心を弄び、金までふんだくって捨ててくれれば笑いになるけど、彼は優しいから絶対にそんなことしない。ただずるずると、本命になれず好きになっていくんだ。彼が欲しくなって、女になりたくて、今仕事で求められる女と正反対の女になりたがるだろう。……この恋は、面白くないです!

 紗理奈は「はぁー。恋せにゃヤバイっすよ。幸せになって欲しい。イイ人見つけてあげたいわぁ」と言いました。
「悪いねぇ」
「いつも光浦さんにイイ人いないかなって探してんですけどね。ただ、私の友達はロクでもない奴ばっかりですからねぇ」
 確かに私とは合わなそうだ、と勝手に紗里奈の友達を想像してみました。みんなダボダボのパンツをすげぇ腰履きしてんだろうなぁ……。その時ふと思い出しました。紗理奈はオダギリジョーと友達ではなかったか?
「あんた、オダジョーと友達だったよね?」
「はい」
「じゃあオダジョー紹介してよ」
「は?! オダジョーですか? ダメですよぉ」
「え? 彼悪い人?」
「違いますよっ! すげえイイ奴ですよっ! オダジョーはねえ、私の本当に大切な友達なんです! 紹介なんかできますかあ!!」
 支離滅裂な事を言っていました。
 やっぱ芸能人は面白いです。私は芸能界が好きです。


草々 光浦靖子

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恨みそずい

小学校以来、20年の付き合いで、お互いのことを骨の髄まで知り尽くしたお笑いコンビ「オアシズ」の光浦さん(芸人)と大久保さん(芸人兼現役OL)が、互いに宛てた手紙のなかで、ミソジの憂いを明け透けに告白!恋愛、結婚、出産から仕事、老後まで、尽きない憂鬱を乗り越え、幸せを手にすることはできるのか!?

 

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光浦靖子/大久保佳代子

光浦靖子
1971年愛知県生まれ。東京外語大学卒業後「オアシズ」でデビュー。数々のバラエティ番組に出演する一方、コラム等の執筆活動も。

大久保 佳代子
1971年愛知県生まれ。千葉大学卒業後「オアシズ」でデビュー。テレビ、ラジオの他、舞台にも数多く出演。現役のOL。

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