柏井壽さんの『京都の路地裏』が京都ガイド本大賞・リピーター賞を受賞しました。「私は京都好き」と言いたいあなたのために、本当は内緒にしておきたい(←編集者の本心!)、とっておきの名所・名店を紹介します。
路地。京都人は、これを「ろーじ」と読みます。これを知っただけでも、「路地」が京都の特別な場所に思えてきます。美味しい店や、縁結びの神様が、路地裏細道に多いのはなぜでしょうか?
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路地裏細道の愉しみ。極めつけは美味しい店に出会うことである。
第五章で詳述するが、京都の細道には、数え切れないほどたくさんの美味しい店がある。そして、その殆どは小さな店。中には四畳半ほどの広さもない店だってある。隣の客と肩が触れ合うようなカウンター席だから、店中に魅力が溢れているのだ。
京都切っての繁華街。河原町三条から北に上って、細道を東に入った辺りに、かつて僕がこよなく愛した鮨屋があった。
鮨屋といっても、客席数はわずか数席。店の奥のトイレに行こうと思えば、椅子から立ち上がって、通路を開けてもらわないと行けないような、至極小さな店だが、当時は、京都では未だ珍しかった正統派の江戸前鮨で、祇園辺りの有名鮨店に比べると、値段もこなれていた。時には家族を連れて、もしくは東京からの客人も連れ立って、何かと言えば暖簾を潜るほどに通い詰めていた。
そうして繁盛すると、手狭な店では物足りなくなって来るのだろう。程なくして数倍のスペースを持つ大きな店へと移転した。
移転当初は以前と変わらぬ商いだったのが、大勢の客を迎えるうち、経営方針も転換したようだった。僕の身の丈に合わない店になり、自然と足が遠退き、ついには途絶えてしまった。今も繁盛しているのだろうか、と時折り気にはなるが、風のウワサにも届いて来ない。
鮨屋が移転して行った後、今度は洋食屋が店を開いた。これも又僕の好みにぴったり合っていて、以前の鮨屋同様、ここにも通い詰め、メディアにも繰り返し紹介した。
どれくらい経っただろうか。記憶が薄れてしまっているが、この洋食屋も、手狭を嫌って、鮨屋と同じく数倍の広さの店に移転した。
同じように、僕にとっては、以前のような心地良さは感じられなくなり、まったく足が向かなくなった。ところがここは今も相当繁盛しているようで、メディアへの露出も多い。移転が成功したのだろう。
これは僕に限ってのことなのかもしれないが、路地裏の小さな店で、カウンターを挟んで遣り取りする魅力が、大きな店になると失われていくように思えてならない。
目の前の数人には行き届いても、大きな店になると気配りが手薄になるのは、物理的にも仕方がないところ。自然、他の誰かの手を借りねばならず、スタッフ教育にも時間を割かねばならなくなる。料理を作り、すぐ前に居る客の相手をするだけで良かったのが、余分な仕事を抱えてしまう。これが店の有り様を変えてしまうのは、やむを得ないだろうと思う。
やはり野に置け蓮華草。
路地裏の銘店で食事を終え、店を出るときに、自然とそうつぶやいてしまう。無論、店を大きくして、更なる繁盛を目指すのは、店の経営という観点から、決して間違ってはいないし、それが大成に繋がることもあるのだろう。だが、客というのはいつもワガママなもので、自分だけの小さな店として、取っておきたい気持ちが何処かしらにあって、その思いが叶わなかったと落胆してしまうことだって少なくないのだ。
路地裏細道には、きっと縁結びの神さまがいらっしゃる。或る時から僕はそう思うようになった。
路地裏に入り込んで、そこに寝そべる猫だって、愛おしく感じてしまう。生き物だけではない。格子窓から漏れて来る灯り、小屋根の上の鍾馗さま、琺瑯の看板に至るまで、何もかもを好ましく感じてしまう。
それはきっと、そんなところにこそ、路地裏の様々と、そこに入り込んだ人との間を取り持つ、縁結びの神さまが居られるからだろうと思う。
人と動物、人とモノだってそうなのだから、人と人になれば、その結び付きを更に高めてくださるのだろう。
畢竟、路地裏とはそうしたものなのである。細道だからこその息遣いがあり、それを感じることによって、心は穏やかになり、安らぎを感じることになる。それがすなわち、居心地の良さ、という言葉になる。
同じ料理人が、同じような料理を作り続けたとしても、路地から離れることで縁が切れてしまうのは、そうした理由に依るのではないかと思っている。
路地裏や細道には多くの神さま、仏さまがいらっしゃる。不思議に満ちた路地もある。名にし負う店もあれば、美味しい店も幾らでもある。それらが路地裏にある限り、ご縁を結んでくださる神さまがおられる。どうぞ素敵な縁を紡いでいただきたい。
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次回「地図に載らない京都の寺社と、京の街角のあちこちにいる地蔵さま」は10月18日(日)に公開します。お楽しみに!
《京都ガイド本大賞・リピーター賞》受賞!京都の路地裏
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