●日本の刑務所で行われていること
瀧井 プラージュという言葉から周到にイメージを膨らませていったんだろうなと思ったのは、善人と悪人というものに対して、例えば道を踏み外して波打ち際の海側にいってしまった人間は岸辺に戻れないのかどうなのか、人生をやり直せるのかどうなのか、みたいなことがすごく大きなテーマになっていると思ったからなのですが、そのあたりはいかがですか?
誉田 日本の刑罰では、罪を犯した人間は刑務所に入って刑務に服して出てくる。でも、死刑の人は刑務所の中で仕事をしないんです。そんな中、死刑廃止を唱える方は、たとえば死刑ではなく、終身刑にすればいいじゃないかと言うんです。無期懲役とか終身刑にして、その人達もちゃんと刑務をするという風にすればいいじゃないか、と。
だけど、刑務所で出来る仕事って実はものすごく少ないらしいんですよ。刑務官たちが受刑者の仕事を取りにいろんな工場などに行って、「何かの部品を作らせてくれませんか」と、仕事を取って周っている。死刑囚はそんなに多くはいないと思うけれど、そういう状況でただ死刑をなくしてもなぁという思いもあったり。
あと、刑務所に入って泥棒同士が情報交換しちゃって、「そうか、あの時はそうすればよかったのか。じゃあ次はそうしよう」って言って出てくるとか。そういう話を聞くと、刑務所に行って出てきたからいいとか悪いとかっていうのも一概に言えないなと。
『プラージュ』には反省して出所してくる人もいる。前科何犯と泥棒を重ねている人はいわば犯罪のプロですから、そういう人は簡単には反省してくれないかもしれない。
でもそうじゃなくて、ほんのちょっとした出来心で有罪・実刑になってしまって、刑務所に入って反省して出てきたとしても、前科一犯ですからね。他の前科者と全部一緒にされて社会に一切受け入れられない、というのもまた困るよなと思って。みんな違うからこそ、一つ一つ並べて見ていかないと、という考えはコンセプトとしてあります。
●警察小説ばっかりだったら、つらかった!?
瀧井 そんな思いもあって、色んな生き方をしてきた住民が登場するし、潤子さんのように、事情のある人たちを住まわせるオーナーもいるんですね。
なおかつ、最後の数ページは本当に驚きの連続といった感じで……。今回は誉田さんらしさが詰まりつつ、今までとはまた違う作品になっていると思います。
誉田 僕は最初に書いた警察小説の『ストロベリーナイト』で取り上げてもらえるようになって、その後早い時期に『武士道シックスティーン』で青春小説が書けた。その時にすごく楽になったと思ったんです。もしもずっと警察小説のオファーにばかり応え続けて追いかけていたら、多分ものすごく辛かったと思います。
だけど未だに「本当に『武士道』シリーズと『ストロベリーナイト』の誉田は同一人物なのか?」っていう問い合わせはありますけど(笑)。
でも、ドロドロの警察物があって、人が一人も死なない青春物を書いて、ということに関して、僕は自分の書けるものを「円」みたいに考えているんです。二つの円が対極かどうかは別として、その中間の物があってもいいし、中間とのそのまた中間があってもいい。
特にシリーズ物とかは一つの大きなポイントになるので、大体次はその間を狙うんですよ。
いわば空き地というか、隙間を狙っている。ただ毎回そういうことをやると、「こっちでもこっちでもないじゃん」と言われてしまうのが非常に怖いですね。
瀧井 「こっちもこっちもじゃん」という、良い感じになるかもしれませんよ。
誉田 そう言っていただけるのが一番良いんですけど、どうでしょう。怖いですね、毎回。
瀧井 『プラージュ』は発売になったばかりですから、これから皆さんの感想が誉田さんの耳に届くことになるわけですね。
誉田 怖いです。
瀧井 大丈夫だと思います。
誉田 ありがとうございます(笑)。
(了)
誉田哲也王道ミステリー
人気警察小説シリーズ『ストロベリーナイト』や青春スポーツ小説『武士道』シリーズを生んだ誉田哲也さんの最新作『プラージュ』が好評発売中。