生き方
2004年3月○日。
私の最近の発見。
本当の「寒い」は「痛い」ということ。
映画「北の零年」の撮影真っ最中である。
北海道は夕張。
夕張といえばやっぱりメロン……。
しかし。今の夕張はメロンなど季節外れでどこにも見当たらず。
そしてあるのは雪。あたり一面、まっしろ、である。
気温はざっとマイナス10度くらいだろうか?
暖かい日でも、零下であることは確かだ。
寒いと言うことは覚悟していた。
なにしろ冬の北海道、そして物語の舞台は明治時代。
よって衣装は着物で、襟や袖などすきまだらけ。
襟が開いているということは、致命的に寒い。
私の撮影初日は
雪の原野を歩く。ひたすら歩く……。
吉永小百合さんも歩く。
列になってみんなで歩く。
横殴りの雪で、後ろに見えていた山が見えなくなる。
どうしても山を見せたいという行定監督の意向で天候待ち……。
しかし。
だだっぴろい雪原の上には、囲いになるものなど何一つなく、逃げ場などない。
がたがたと震えながらひたすら待機。
こめかみが、耳が、顔が、手が、みるみる凍りつく。
寒いというよりも感覚がなくなるほど。
ひりひりと傷口に何かがしみこむような感じで、「痛い」。
気が遠くなる。
ああ、こんなの初めてだ。
着物の下は、衣裳さん手作りの肉布団をしっかり着込んでいるし、汗などの水分を熱に変えるという新素材の下着も上下しっかりと着込んでいる。
ホカロンもしっかり貼っているし準備万端、のはずなのに……。
子役の、小さな男の子が泣き出す。
無理もない、と思う。
正直にいえば、あの寒さ、赤ちゃんならば命が危ないほど、であろう。
しかし。
その中での一筋の光。
それは、主役である吉永小百合さんの声、だ。
「みんな、がんばりましょう!」
「さあ、あったかいお風呂が待ってる!」
大きな声で、暖かく、優しく強く、みんなを励ます。
ほとんど極限状態のああいった場面で、みんなを励まし、笑顔でいる小百合さん。
素晴らしい。
私はじっと小百合さんを見つめてしまった。
人はこういうとき、どうしても自分のことを先に考えてしまう。
私も、凍りつく手をなんとか温めようと、必死になる。
なのに、ああしてみんなを暖かく勇気づける小百合さん。
がんがん(固形燃料を入れた、冬のロケには必需品の、 四角い火鉢のようなもの)をスタッフの方が持ってきてくれても、どうぞ、どうぞと先にみんなに勧める小百合さん。
頭が下がる。
わたしなんてまだまだヒヨコ……。
「寒さ」の生む力。
それは芝居の力を超えて、存在する。
凍りつきそうな顔、指先。
顔に立つ鳥肌も、かたまった足の指先も。
そのときはほとんど感覚が遠のくほどの辛さでも、映像にしたときそれは、自然の中で必死で生きている人間達を痛々しいほどに映し出す。
それが寒さの力だ……。魔法だ。
そしてこの極限の寒さは連帯をも生む。
初対面の俳優同士なのにこの辛さを一緒に体験するということに、ものすごく強い「同士」のような精神を感じる。
わかってはいるが、寒さが大の苦手の私にとっては日々戦いである。
それでも次第に慣れていくのか覚悟が決まってくるのか、少しずつ少しずつ強くなっていく。
夕張の町全体がこの映画をサポートしてくれている。
毎晩のように暖かい食事を作ってくださるボランティアの方々。
そのほかにもたくさんの暖かい手によって、この「北の零年」は支えられている。
本当にありがとうございます。
映画は、「夢」だ。
テレビドラマの良さ。映画の良さ。
どちらももちろんある。
しかし。
あのスクリーンの中に浮かび上がる世界はやはり「夢」なんだと思う(テレビはもう少し現実に近いような気がする……)。
2時間あまりの夢。
夢を作りたくて、形にしたくて、これだけたくさんの人たちが、日々、寒さと戦う。
寝る間も惜しんで、ああでもないこうでもない、と語り合う。
その中にこうして参加できることをやはり私は幸せに思う。
先日とある雑誌のインタビューで、なぜあなたは演じ続けるのか、という質問があった。
なぜ?
直感で私は答えた。
「そこに山があるから」。
そうなのだ。
そこに山がある、から。山を見ると登らずにはいられなくなる登山家の心境、なのだ。
ものを表現することに、終わりなんかない。
今日も帰ってきたホテルの部屋。
加湿器をかけ、お風呂に入る。
ひえきった体に、じわじわと血が通うのが分かる。
あしたも、頑張ろう。
おやすみなさい。
花や猫たち、おりこうにしてるだろうか?
早く会いたい。
もうすぐ帰るから待っていてね。
良い夢を。
あしたも良い日でありますように。
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お茶っコ日和
再びスタート! 石田ゆり子の日記エッセイ。慌ただしい一日、ゆったりな一日。そんな日々のことを綴っていきます。ちなみに「ゆりねぎ」とは、ねぎ好きな私につけられたあだ名。「お茶っコ」とは我が家でいう、「お茶をする」の意……なのです。
※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2004/03/15のみの掲載となっております。
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