ミリオンセラー『嫌われる勇気』をはじめ数々の著書を通じて、「アドラー心理学」を日本中に広めた岸見一郎さん。
実は、岸見さんがアドラー心理学と出会ったのは、子育ての悩みがきっかけでした。
当時2人のお子さんの保育園の送り迎えをしていた岸見さんは、大人の思い通りに動かない“子ども”という存在に、戸惑い試行錯誤していたそうです。そんな時、まだ日本語に翻訳されていなかったアドラーの著書を友人から借り、実行してみたところ、自身の子どもに対する考え方が大きく変化しました。
ウィーンに世界で初めての児童相談所をつくるなど、教育に強い関心を寄せていたアルフレッド・アドラー。そのアドラーの哲学を凝縮、現代の子育ての悩みを踏まえた上で、どう「実践するか」を書いた一冊、『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』から、<叱らない、ほめない子育て>の極意を抜粋して紹介いたします。
即効性を求めていませんか?
ゲームに夢中になるのは可能性の中で生きるため
もしもゲームをしなければもっといい成績が取れたのに!?
子どもがスマートフォンのゲームにはまり、少しも勉強しないという相談をよく受けます。親がゲームに夢中になることをいけないことだと思っていたら、子どもはゲームをすることが親をイライラさせたり、怒らせるのにもっとも効果的であることを学んでしまいます。
親は子どもにゲームばかりしていないで勉強するようにと叱れば、子どもが改心してゲームをしなくなるのではないかという希望を捨てることができないので、叱ったところで甲斐がないことを知っていても、叱ることをやめられません。もっと叱ればやめるのではないかと思います。しかし、それでも子どもがゲームをするのをやめないのは叱り方が徹底していないからではなく、叱るという方法に改善の余地があると考えるのが論理的です。
一つの考え方としては、ゲームをするもしないも子どもが自分で決めることなので、ゲームばかりして勉強がおろそかになって成績が下がっても、子どもが自分でなんとかするしかなく、親は静観すればいいのです。
率直にいって、親は子どもを信頼できていません。親が何もいわなければ、きっといつまでもゲームばかりし続けるに違いないと思っているのです。親が家でゲームをしている時に、いい加減にして早く寝なさいというようなことを子どもにいわれたら嫌だと思うのですけどね。普段、親からゲームをするのはやめなさいとばかりいわれている子どもは、親が「私はゲームをしているのではない、これで仕事をしているのだ」と反論してみても聞く耳を持たないでしょう。
他方、ネット犯罪などに巻き込まれることがないように、親は子どもに注意しなければなりません。大人は子どもに適切な使い方を教えなければなりません。しかし、その時、親子関係がよくなければ、子どもは親のいうことを聞かないでしょう。
ゲームをする、しないは、本来子どもの課題ですから、ゲームのことで子どもと話したい時は親と子どもの共同の課題にする手続きを踏む必要があります。そこで、「ゲームのことで一度話し合いをしたい」というふうに話をし、子どもが共同の課題にしてもいいといえば、親子で話し合うことができます。力ずくで取り上げたらいいではないかと思う人もあるかもしれませんが、そうすることは後々の親子関係をこじらせることになります。アドラーの方法は手間暇がかかりますが、即効性を求めないことが大切です。
ゲームに子どもが夢中になるのは、親をイライラさせたり、怒らせたりすることで親の注目を引くためですが、子ども自身の問題としては、こんなにゲームばかりしているから勉強ができなかったと成績がよくないことの理由にしたいということがあります。もしもゲームをしていなければ、もっといい成績を取れたのにという可能性を残すことができるのです。
親はこのような子どもに、ゲームばかりしていないで勉強しなさいというような正論をいって子どもの反発を買い、いよいよ勉強しなくなることを避けたいですし、「あなたは勉強さえしたら本当は頭がいいのだからいい成績を取れる」というようなことをいって、可能性の中に生きることを助長するようなことがないように気をつける必要があります。
次回、「メダルを取れなかったら謝るのか?」は、10月23日公開です。
叱らない、ほめない子育ての極意
ミリオンセラー『嫌われる勇気』をはじめ数々の著書を通じて、「アドラー心理学」を日本中に広めた岸見一郎さん。
実は、岸見さんがアドラー心理学と出会ったのは、子育ての悩みがきっかけでした。
アドラーの哲学を凝縮、さらに自身の子育てを通じて学んだことをもとに、どう「実践するか」を書いた一冊、『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』から、「叱らない、ほめない子育て」の極意を抜粋して紹介いたします。