知的労働からも国境が消え、やがてはすべてAIに
また、境界線がなくなるのは、会社や業界の「外側」だけではありません。会社の「内側」にある境界線も溶けていきます。とくに、経理部、人事部、法務部といったバックオフィス機能の境界線は急速になくなっていくと思います。それらの業務はデジタル化されてクラウドに移行し、AIが担うようになると予測されるからです。したがって、それぞれの領域で専門家としてキャリアを重ねるのはきわめて困難になるでしょう。
それは、会社のバックオフィスで働く人にかぎったことではありません。いわゆる「知的労働」の多くから境界線が消え、AIに置き換わっていきます。
たとえば弁護士、会計士、税理士、司法書士、行政書士……といった知的労働は、これまでまったく異なるものでした。業務内容も法制度も違いますし、それぞれの資格を得るための試験も別々です。
しかし、それぞれが扱う仕事をデジタル化した途端、そこに区別はなくなります。AIにとっては、弁護士が見る判例も会計士が見る帳簿の数字も単なるデジタルデータにすぎません。「AI弁護士」と「AI会計士」は、人間から見たインターフェースには違いがあるかもしれませんが、その中身は本質的に同じなのです。
ですから、いまは安定した職業として人気がありますが、「資格」という境界線で区分けされた仕事の将来はあまり明るくありません。AIに置き換わるまでにはまだ時間がかかるかもしれませんが、それ以前に、知的労働からは「国境」という境界線が消え失せる可能性もあります。これからの10年で、アフリカやインドなどで日本の総人口をもはるかに超える億単位の知的労働者が生まれると考えられているからです。
それは、なぜなのか。いわゆる発展途上国の人々は、これまで、先進国の人々が先にわが物にしたテクノロジーを後追いで使っていました。徐々に進歩するテクノロジーを同じ順番で追いかけていくので、両者の差は縮まりません。
ところがいまは、テクノロジー進化のスピードが速いので、発展途上国の人々が途中の段階をスキップし、先進国と同じタイミングで最先端のものを取り入れます。古いものにこだわらない分、その普及ペースは先進国よりもむしろ速いぐらいです。
たとえばアフリカやインドには、政府が学校で子供たちにスマートフォンを配布する国や地域もあります。日本の子供たちは親がなかなかスマートフォンを与えてくれなかったりしますが、アフリカやインドの子供たちは英語もできるので、最初からウィキペディアを情報源にしているわけです。小学校で国語辞典の引き方と漢字の書き順で膨大な時間を費やす日本の子供たちよりも、圧倒的にIT化が速い。初等教育の段階でそういうアドバンテージを得るため、いわばIT社会に「横入り」してきた国々から膨大な人数の知的労働者が出てくると予想されるのです。その数は今後10年で10億人とも言われています。
日本の場合は「言語の壁」があるとはいえ、ますますグローバリゼーションが進み、英語の公用語化が進めば、国内の知的労働者も安穏とはしていられないでしょう。AIよりも先に、インドやアフリカの人々が知的労働者の仕事を奪うかもしれません。しかし、そこに対抗する方法も、やはりテクノロジーの中にあるのではないでしょうか。
たとえば、インターネットを利用した通話アプリであるSkypeは、日本語を含めた10言語間でリアルタイムで翻訳を行う「Skype翻訳」を提供しています。これらのテクノロジーが進化すれば、「言語の壁」を意識せず、インドやアフリカに仕事を発注できるようになります。
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あらゆる境界線が溶けていく社会では、組織のあり方も大きく変わらざるを得ません。シンギュラリティに向かう時代に求められる組織「エクスポネンシャル組織」については、『シンギュラリティ・ビジネス――AI時代に勝ち残る企業と人の条件』をお読みいただけると幸いです。
次回は7月11日(火)に掲載予定です。
シンギュラリティ・ビジネス
2020年代、AIは人間の知性を超え、2045年には、科学技術の進化の速度が無限大になる「シンギュラリティ」が到来する。そのとき、何が起きるのか? ビジネスのありかた、私たちの働き方はどう変わるのか?