2017年のノーベル物理学賞を受賞した「重力波の初観測」は、アメリカの重力波観測施設LIGO(ライゴ)の成果でした。
『重力波とは何か――アインシュタインが奏でる宇宙からのメロディー』の著者であり、現在は日本の重力波観測施設「KAGRA(かぐら)」を率いる東京大学宇宙線研究所教授・川村静児さん。川村さんは実はLIGOプロジェクトに参加していたこともありました。
観測の妨げになるノイズをひとつひとつ潰していく「ノイズ・ハンター」として名を馳せた川村さんが、LIGOについて、そして初観測のニュースを聞いたときの気持ちを語ります。
重力波の初観測に成功したLIGOって?
LIGOが重力波の観測をスタートさせたのは2002年のことです。基線長(ビーム・スプリッターから鏡までの距離)は、4キロメートル。3000キロ以上離れたルイジアナ州のリビングストンとワシントン州のハンフォードの2カ所に設置するビッグ・プロジェクトです。
レーザーが通る4キロメートルの道のり(これを私たちは「腕」と呼びます)を端から端まで真空の管でつなぐ(しかもその「腕」が直交する形で2本ある)のですから、いかに巨大な装置かは想像がつくでしょう。
初期のLIGOが最終的に到達した感度は、7000万光年離れた場所で起きる中性子星連星の合体からの重力波をとらえられるレベルでした。100年に1度ぐらいの発生頻度です。
それでも自分が生きているあいだに起こるかどうか微妙な確率ではありますが、ちょっと運が良ければ、地球から半径7000万光年までの宇宙のどこかで、重力波を出すイベントが起こるでしょう。
しかし2002年から2010年までの観測では、LIGOは宇宙からの重力波を検出できませんでした。100年に1度の幸運には恵まれなかったわけです。
とはいえ、これはLIGO計画の第1段階にすぎません。2002年に観測を始めた装置は、「イニシャルLIGO」と呼ばれていました。日本語にするなら「初期型LIGO」となるでしょうか。LIGOは最初から、徐々に感度を上げていく計画になっていたのです。2009年にはレーザーパワーの増大などいくつかの点でアップグレードが行われ、「エンハンストLIGO」と呼ばれました。
イニシャルLIGOとエンハンストLIGOは、重力波こそつかまえられなかったものの、その後の実験に役立つデータや知見を数多くもたらしました。そこで研究グループは当初からの予定どおり、2010年にいったんLIGOの運用を停止して解体し、検出器の感度を高める改良に取りかかります。
その改良作業が完了したのが、2015五年2月でした。計画の第2段階となる「アドヴァンストLIGO」の誕生です。その目標感度は、改良前よりも1桁上のものです。エンハンストLIGOよりも10倍遠くまで「聞こえる」ということです。
したがって、エンハンストLIGOが「100年に1度」の現象を待っていたのに対して、アドヴァンストLIGOが相手にする現象は「1年に10回」と発生頻度が飛躍的に上がります。ですから、完成したアドヴァンストLIGOの観測が始まれば、おそらく1〜2年のあいだに重力波をキャッチするだろうと多くの人は予想していました。
しかし、それはもちろん目標感度を達成したら、の話です。干渉計の感度を上げることは一朝一夕にはいきません。ノイズ・ハンティングをこつこつと行い、数々の新しい雑音を発見してはそれらの原因を取り除いて、1年、2年と徐々に感度を上げていき数年ののちにやっと目標感度に到達することができるのです。
そして最初の観測計画が今回行われたものでした。今回の観測前に達成されていた感度はエンハンストLIGOのおよそ3倍、つまり目標感度の約3分の1のものでした。この感度で中性子星連星からの重力波が検出できる可能性は3年に1度程度。今回の観測が4カ月間であることを考えると、かなり運が良ければ検出されても不思議ではありませんが、検出されなくても納得のいくものでした。
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重力波とは何か
2017年のノーベル物理学賞はアメリカの「重力波」観測チームが受賞しました。重力波とは一体何なのか? 重力波の観測にはどんな意義があるのか? 日本の第一人者がわかりやすく解説します。