1. Home
  2. 読書
  3. アンティーク弁天堂の内緒話
  4. 白鳥の想いびと(3)

アンティーク弁天堂の内緒話

2018.01.31 公開 ポスト

白鳥の想いびと(3)仲町六絵

「あなた、その品を気味悪がっているんじゃなくて?」

 面白がっているような問いに、紫乃は「少し」と答えた。

「それならばなおのこと、わたくしにくださらない?厄介払いできていいんじゃないかしらね」

 意地悪な人、と紫乃は思った。

 祖母の遺品だから大事だ、だが気味が悪い、という相反する気持ちを知った上で、揺さぶりをかけようとしている。

「このままあなたに渡すのは無責任な気がします。他の人は何も気づいていないし、このガラス細工から聞こえるのは、わたしの祖母の名前なんです」

「ふうん。それであなた、白鳥に乗っているその人のために何かできて?」

 弁財天は挑むような声音で言う。あやうく腹を立てそうになり、引きずられてはいけない、と思う。何かしてやれないかと考えることは、恥ではないはずだ。

「できるかどうか、分かりません。お祖母ちゃんのお墓か、お仏壇へ持っていこうとは思っているけど、それで正解かどうか……でも、何とかしてあげたいんです。お祖母ちゃんに関わる物だから」

「なるほどね」

 弁財天は腕組みをした。

「ならば、わたくしの知っている店に行ってごらんなさいな。どうすれば良いか、店主が教えてくれるでしょうから」

「店主、ですか」

 紫乃は目の前にたたずむ美女を見た。

 この人物が弁財天だというのなら、その知り合いも七福神なのだろうか。

「毘沙門天とか、大黒天とかですか」

「ほほほほ。いいえ、違うけれど」

 袖で口元を隠して、弁財天はころころと笑った。

「まだ若いのに、七福神の名前が言えるのね」

「お正月に実家で飾っていた掛け軸が、七福神の乗った宝船でしたから」

「なるほどねえ。ご実家はどちら?」

「久多です」

 ああ、言っても分からないだろうか、と思ったが、弁財天は「わたくし、知っていてよ」とうなずいた。

「京から北陸へ走る鯖街道を、途中で西にそれたあたり。琵琶湖から見れば、久多は山並みの向こうの町」

 地図を見ているかのようにすらすらと、弁財天は言った。

「町って言うほど、人も家も多くないです」

「昔は町だったの。さあ、閉店する前に、店へ行って」

 弁財天は、南の方向を指さした。

「この疏水に沿ってずっと歩いていったら、石灯籠に挟まれた道が左手に現れる。大豊神社の参道よ。看板が出ているからすぐ分かる」

「大豊神社……?」

「狛犬の代わりに、狛ねずみが社殿を守っている神社。でもそこまでは行かずに、途中で参道を左に折れて、両側に草木の生えた細道を進むこと」

 相手の言葉を忘れないように、紫乃は無言でこくこくとうなずいた。

「疏水よりももっと細い水路の脇を歩いていくと、道がうねってくる。すぐに、三角屋根の大きな洋風の家が見えてくる……象牙色の外壁の角が、枯れ木色のレンガで縁取ってある。細長い四角の窓がいくつも並んでいる店だから、すぐ分かるでしょう」

「何のお店ですか?」

 弁財天が指さした方向の、揺れる葉桜の列を眺めながら紫乃は聞いた。

「骨董の店。名前はアンティーク弁天堂」

 声がなぜか誇らしげだ。

「同じ名前なんですね、あなたと……」

 振り返った紫乃は、誰もいない空間に目を見張った。

 お堂や絵馬の陰を覗いてみたが、幸せ地蔵尊の周囲には自分しかいない。

 ──まさか今の人も、幽霊?

 紫乃は首をぶんぶんと振った。

 ガラスの白鳥に乗る人影ならばまだ、幽霊として受け止められる。

 しかしあんなに姿のはっきりした、言葉の交わせる存在が幽霊だったらかえって恐ろしい。制服の襟の後ろ側から、ひやりとした空気が忍びこむ。春でも夕方は寒い。

 ──帰っちゃおうかな。

 そんな考えが頭をよぎったが、ガラス細工と小人をこのままにしておくわけにもいかない。

 夕焼けの赤が濃くなりはじめた。

 紫乃は、ゆっくりと南へ歩を進めていった。

 

*  *  *

ためし読みはここまで。
続きは『アンティーク弁天堂の内緒話』本編をお読みください。
幻冬舎plus限定の特別番外編も公開中!

{ この記事をシェアする }

アンティーク弁天堂の内緒話

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らす ことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。 途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天 を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。

2018年1月の幻冬舎文庫キャラクターノベル『アンティーク弁天堂の内緒話』特別番外編です。

バックナンバー

仲町六絵

二〇一〇年、『典医の女房』で、短編ながら第17回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞。受賞作を大幅加筆した『霧こそ闇の』でデビュー。『からくさ図書館来客簿』、『奈良町ひとり陰陽師』、『おとなりの晴明さん』、『京都西陣なごみ植物店』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP