雪は降っていなかった!?
土 いよいよ討ち入り後のルートです。討ち入りから2時間、吉良の首を落とし、本懐を遂げた浪士たちは、吉良邸の直ぐそばの回向院に向かいます。
T 時代小説でも御馴染みですね。
土 大石内蔵助を先頭に回向院に向かったのですが、関わり合いになるのを恐れて、門は閉ざされたままだったようです。そこで大石たちは浅野内匠頭の菩提寺である泉岳寺を目指したんですね。
T あっ、雪だるまがある。《雪だるま、なう》と。
土 聞いてます? ちなみにドラマや映画などは討ち入りの日、雪が積もっていますが、あれも演出で、雪は降っていなかったとか。けど、新暦の1月30日から31日で考えたら、降っていてもおかしくないです。さて、次は永代橋へ。
T ここから永代橋まで結構ありますね。
土 昔の人はほんとに良く歩きますから。現代人のスピードとは違うでしょうね。でも討ち入り後ですからかなり体力を消耗しているはずですが。
T もう足が痛いです。ここで休憩しませんか?
土 隅田川沿いの美しい景色も見ずにまったく困った人だ。けどまさしく浪士たちもここらで休憩したんです。
T 永代橋って、またどうして両国橋の方が近いのに。舟とかも使えばよかったと思うのですが。
土 吉良家の親類の上杉家などの追跡を避けるためですね。首を取り返そうと躍起になったはずですから。舟も断られたと思います。
T 首を掲げた血だらけの集団ですから見た目怖いですよね。いまでこそ高層ビルの立ち並ぶ都会の風景が眺められますが。この景色が当時あってもそんな余裕はないでしょうね。
土 さあ、永代橋から八丁堀へ向かいます。足大丈夫ですか?
T そろそろタクシーとか……。
土 (聞こえないふり)八丁堀から旧赤穂藩邸のあった築地鉄砲洲ですね。おっ、あったあった。
T 現在の聖路加国際病院のところにあったのですね。浪士としてもかつての藩邸を通るのは感慨深いものがあったでしょうね。すぐ近くは、芥川龍之介の誕生の地。ここからまた築地を抜けて、銀座、汐留です。
土 もうちょっとです。頑張りましょう。汐留橋では、仲間の二人に命じて大目付の屋敷に討ち入りの報告に行かせてます。
T 多くの大名屋敷とかあったはずですし、当時はどういう気持ちでここを歩いたのか。大門から眺められる東京タワーとか今なら観光気分も味わえますね。
土 まったく、観光気分なんて不謹慎な。大目付への報告を経て、親類の上杉家は赤穂浪士を追うことを禁止され、手出しが出来なくなったんです。まぁ当時はそんな報告がすぐに届かないから、浪士たちは晴々しながらも、注意して歩いていたはずです。
T おっ、三田です。あれが泉岳寺参道の門ですね。
土 ここはまた有名ですね。門前につくと、大石は浪士のひとり、寺坂吉右衛門に広島の浅野家への使者を命じます。逃げたとか諸説ありますが。
T 池宮彰一郎さんの『最後の忠臣蔵』でも有名ですね。
土 浪士たちは泉岳寺に入り、主君の墓前に報告。その後はバラバラに大名四家へお預けになり、浪士たちは切腹し、討ち入りの事件は幕が下ります。
T そうそう、先ほどのツイッターの話じゃないですが、仇討ちを聞きつけた江戸の庶民が泉岳寺に押し寄せて、この寺はその日江戸一番の有名なお寺になったんです。
土 さぁ、到着しました。
T うわ、浅野内匠頭のお墓と浪士達のお墓がずらりと並んでますね。
土 大石内蔵助のお墓もそうですが、お供えものをみると堀部安兵衛の人気がわかりますね。
T 内蔵助の息子の主税は十六歳だったんですね。
土 山田風太郎さんの『人間臨終図巻』に、切腹の際、松平隠岐守が「主税、内蔵助に会いとうはないか」と、きいたところ、主税は首をかしげ、ほほえんで、「お言葉で思い出しました」と、言ったと書いてありましたが、16歳とは思えない覚悟に感服します。
T 足痛いからタクシーとか恥ずかしい限りです……。いや~勉強になりました。土橋さん、本日はありがとうございました。
(「小説幻冬」2018年3月号より)
土橋章宏 Akihiro Dobashi
1969年大阪府生まれ。関西大学工学部卒。2011年シナリオ「超高速!参勤交代」で第37回城戸賞を同賞初の審査員オール満点で受賞。13年小説『超高速!参勤交代』で作家デビュー。14年公開の同名映画で第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。他の著書に『幕末まらそん侍』『超高速!参勤交代 老中の逆襲』『チャップリン暗殺指令』『天国の一歩前』などがある。
『身代わり忠臣蔵』(小社刊、本体1500円+税)
赤穂浪士の討ち入り前に、
吉良上野介はすでに死んでいた!?
江戸城松の廊下で、高家・吉良上野介が播磨赤穂藩藩主・浅野内匠頭に斬りつけられた。浅野は即日切腹に、お家は断絶、吉良は額と背中を斬られただけで一命を取り留めたはずだった。しかし……。衣食住に女にと、何不自由ない暮らしを謳歌する〝吉良上野介〟だったが、赤穂浪士の仇討ち話を耳にして――。
「小説幻冬」編集部より
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