棋士と哲学者が人間をめぐる様々な問いについて語り合った話題作『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』(イースト・プレス)。人間とAIの競争の波をどの職業よりも早くかぶったとも言えるプロ棋士。プロ棋士にとって、AIとは一体どんな存在なのか? 第2章「AIとどう向き合うか」からの抜粋をお届けします。
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AIはもう人間を超えている
戸谷 2017年、将棋ソフト「ポナンザ」が、佐藤天彦名人に2戦2勝したことが話題になりましたね。
糸谷 AIと人間の対決は、いまに始まったことではないですよ。チェスの世界では、一九九七年、IBMの「ディープ・ブルー」というAIが、当時の世界チャンピオンを破りました。囲碁の世界でも、グーグルが開発した「アルファ碁」が、2016年、2017年に韓国・中国のトップのプロ棋士を破っています。
戸谷 すでにAIは人間を超えている?
糸谷 ほとんどの知的ゲームにおいては、超えていると思います。6×6盤のオセロなんかだと、完全読解まで到達している。
戸谷 そうすると、先手をとるか後手をとるかで勝敗が決まってしまう。
糸谷 オセロの場合、後手のほうが強いみたいですね。
戸谷 すると、オセロというゲームの構造そのものが変わってしまうよね。つまり、最初のじゃんけんでどう後手をとるかのゲームになってしまう。将棋はどうなんですか。
糸谷 将棋の場合、棋士が行なう判断を「大局観」という言葉で説明しています。たとえば「なんとなくこの形はきれいだ」とか、「直感的にこの形がいいと思う」とか。ところがコンピュータには、「なんとなく」や「直感」なんてありません。膨大なデータから、最善の判断を選び出してくる。その結果、人間が伝統的に蓄積してきた大局観そのものが揺らいでいます。
戸谷 人間の大局観と、AIの判断ってそんなに違うものですか。
糸谷 いや、近いところも多いですよ。囲碁はけっこう違ったみたいですけど。
戸谷 囲碁はどんな状況なんですか。
糸谷 「アルファ碁」は、人間より間違いなく強いと断言していいと思います。成長スピードがほかのAIと違う。戦法がどんどん進化しています。
戸谷 プロ棋士の間では、AIはどういう存在なんですか。つまり、自分たちとまったく関係ない世界の話として語られているのか。それともある種、自分たちを脅かす存在として語られているのか。
糸谷 人によって違いますね。いつかコンピュータに抜かれることは、みんな予測していたし、すでに受け入れているわけです。それでもなお、「人間同士の勝負だから面白いんだ」「だからAIは自分たちを脅かすものではない」とおっしゃる方もいます。
戸谷 糸谷さん自身はどちらなんですか。AIが将棋の本質を変えるとか、業界を変えるとは思わない?
糸谷 本質は変わらないんじゃないですか。人間だろうがAIだろうが、ゲームとしての将棋はエンターテインメントとして残っていくと思います。
僕らの哲学的対話 棋士と哲学者
AI論、勝負論、幸福論……人間をめぐるさまざまな問いを、同じ1988年生まれの棋士と哲学者が語り合った「知的異種格闘技」として話題の書『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』の読みどころをご紹介。